01
ラニは戦略国土調停補強配備局の本部を歩いていた。
スターク・インダストリーズのCEOであるトニー・スタークが、アフガニスタンでゲリラに拉致されたのは3ヶ月ほど前のことだ。戦略国土調停補強配備局が国家機関であるとはいえ、そのような事件は本来なら軍やFBIの管轄だが、拉致されたのは同機関の創設者であるハワード・スタークの一人息子である。これにはラニたちも無関心ではいられなかった。彼を通じて何かしらラニの組織に関連性のあるものが外部へ流出してしまう可能性もゼロではないからだ。
しかし、そのトニー・スタークがつい先ほどアフガニスタン南西部の砂漠で保護されたと連絡が入ったのだから、独自にスタークの行方を追っていたエージェント達は度肝を抜いた。たった1人で銃やら手榴弾やら、武器を豊富に揃えたゲリラ基地から脱出するなど普通ではない。前々からトニー・スタークの頭脳は「未知数」であるとして一応のマークはされていたものの、流石にここまで来ると動かない訳にはいかなかった。
「コールソン、悪いけど起きて」
「…ラニ。何か新展開でも?」
「トニー・スタークが空軍に保護されたわ」
「何?」
他の任務のせいで仮眠を取っていたフィル・コールソンは、その言葉を聞くなりむくっと起き上がった。顔を手のひらで擦り、立ち上がって部屋の入口に立つラニの前まで歩く。
「詳細はまだ不明だけど、保護した時は1人だったみたいね。怪我を負っているものの命に別状はなし。発見者のローズ中佐によれば、見つかった時にはピースサインをするぐらいの余裕があったとか」
「それは本当か?」
驚いた様子のコールソンに、ラニは肩を竦めた。
「フューリーが脱出した時の様子を聞き出して来いって。本人の希望で3日以内には本国に戻ってくる予定よ。FBIとかが接触する前に、早めにアポイントメントを取っておいた方がいいかも」
「そうだな。ここからスターク・インダストリーズの本社まで行くには時間がかかる。1時間後に出発しよう」
「了解。ああ、それと」
ラニはこれが大事なことだった、とコールソンを振り返った。
「発見された時、スタークの胸に円形の小型装置が埋め込まれていたそうよ」
:
「恐らく、スタークの胸にあるのはアーク・リアクターが一番近いと思う」
ラニはコールソンの運転する車内でラップトップのキーボードを叩きながらそう話した。
「見学者用の本社の別館にあるものは5メートル近い大きさだけど」
「それを胸に収まるサイズに開発し直したっていうのか?3ヶ月で?30年間進歩しなかったんだろ?」
「有り得ないような話だけど、そういうことになる。それも、資源の限られた洞窟の中で」
ラニ自身、非現実的すぎて言葉にしながら信じられない思いだった。確かに彼は10歳になるまでに電子回路やらエンジンやらを開発した天才だが、ここまで来るとラニ達の組織が目を付けるのも頷ける。大衆雑誌の『現代のガリレオ』というキャッチコピーもあながち間違いではないかもしれない。
「コアはパラジウムで、要するにハイパワーの電磁石ってとこかしら。パラジウムの触媒作用で水素が消えないから、理論上は半永久的にプラズマを発生させられる」
「…つまり、彼は胸に電磁石を埋め込んでいるのか?」
「そう。爆弾の破片か何かを磁力で引き止めているのかもね。小さな破片を全て除去するのは最新設備の整った手術室でも難しいし、でも除去しないと身体に回って確実に死ぬ」
「なるほど。それなら、まともに除去出来るまで引き止めて動かないようにした方が安全だな」
「そういうこと」
2人は身支度を済ませた後、本部の飛行場からジェット機でロングビーチへと飛び立っていた。SIの本社ビルがあるのはLAなので、車で行くには時間がかかりすぎるのだ。
向こうのエージェント達と諸々の調整を済ませて、ラニとコールソンはSIに向かった。スタークは近くにある空軍基地に到着したばかりだが、どうやら本社で記者会見を開くらしいとの情報が入ったためだ。
2人は戦略国土調停補強配備局のバッジを見せてゲストパスをもらい、セキュリティゲートをくぐってロビーに足を踏み入れた。
入口の方にいた人々が騒がしくなり、ラニはそちらに目を向ける。
「到着したみたいね」
「ああ。まずは秘書のペッパー・ポッツにアポを取ろう。どうやらスタークは癖のある人物らしいからな」
スタークの後から入ってきた長身のダークブロンドの女性に目を止めて、ラニはコールソンに目配せすると共に彼女へ近付いた。取材陣から拍手と共に迎えられるスタークと共同経営者のオバディア・ステインを尻目に、ラニとコールソンは音もなくポッツの横に立った。
「ミス・ポッツ」
「はい?」
「お話よろしいですか?」
「あー…、取材なら、会見を聞いていただければ──」
「いえ、私達は記事を書くためにここにいるんじゃありません」
ラニは微笑して首を横に振った。
「戦略国土調停補強配備局のコールソンです」
「同じく、ミッチェルです」
2人はスーツのポケットから名刺を取り出して、ポッツに手渡した。ポッツはクリップボードを脇に挟んでそれを受け取りながら「長い名前ね」と苦笑する。
「略称を協議中です」
「今、国防総省やFBIやCIAや、とにかく色んな方面から既に接触があって──」
「我々は、もっと具体的な目的を持つ別の組織です。脱出の状況を本人から聞きたいのです」
「これはとても重要なことなんです。出来るだけ早い方が望ましいのですが」
「ああ、分かりました。そういうことでしたら、日時を調整します。後ほどご連絡を」
「ありがとうございます」
ラニとコールソンは同時にそっくりな微笑みを浮かべると、ポッツから離れた。座って記者会見をやり始めたスタークを見て、これは一癖どころじゃ済まされないなと思わず笑ってしまう。
「──我社は、現時点を持って武器の製造ラインを全て中止する」
スタークの発言にその場が騒然となると、ラニは傍らに立っていたコールソンへ囁いた。
「今回の件、やっぱり私達の管轄になりそうね。裕福な天才に正義感が加わったら、ヒーローが生まれるのは時間の問題」
「ああ。何故、彼がたった1人でゲリラ基地から脱出出来たのか、大変興味があるね。しかも五体満足で──まあ、右腕は折れているし、胸には電磁石が埋まってるが」
「スタークが誘拐されたことと、彼の父親に関連はあるのかしら?」
「さあな。だが、こうやって彼がここにいるのを見る限り、彼の誘拐自体はあまり私達の組織に関係があるように思えない」
「同感。支部に戻りましょう。フューリーにも報告しなきゃ」
「そうだな」
スタークの後ろ姿を一瞥して、ラニとコールソンは来た時と同じように音もなくその場を後にした。
スターク・インダストリーズのCEOであるトニー・スタークが、アフガニスタンでゲリラに拉致されたのは3ヶ月ほど前のことだ。戦略国土調停補強配備局が国家機関であるとはいえ、そのような事件は本来なら軍やFBIの管轄だが、拉致されたのは同機関の創設者であるハワード・スタークの一人息子である。これにはラニたちも無関心ではいられなかった。彼を通じて何かしらラニの組織に関連性のあるものが外部へ流出してしまう可能性もゼロではないからだ。
しかし、そのトニー・スタークがつい先ほどアフガニスタン南西部の砂漠で保護されたと連絡が入ったのだから、独自にスタークの行方を追っていたエージェント達は度肝を抜いた。たった1人で銃やら手榴弾やら、武器を豊富に揃えたゲリラ基地から脱出するなど普通ではない。前々からトニー・スタークの頭脳は「未知数」であるとして一応のマークはされていたものの、流石にここまで来ると動かない訳にはいかなかった。
「コールソン、悪いけど起きて」
「…ラニ。何か新展開でも?」
「トニー・スタークが空軍に保護されたわ」
「何?」
他の任務のせいで仮眠を取っていたフィル・コールソンは、その言葉を聞くなりむくっと起き上がった。顔を手のひらで擦り、立ち上がって部屋の入口に立つラニの前まで歩く。
「詳細はまだ不明だけど、保護した時は1人だったみたいね。怪我を負っているものの命に別状はなし。発見者のローズ中佐によれば、見つかった時にはピースサインをするぐらいの余裕があったとか」
「それは本当か?」
驚いた様子のコールソンに、ラニは肩を竦めた。
「フューリーが脱出した時の様子を聞き出して来いって。本人の希望で3日以内には本国に戻ってくる予定よ。FBIとかが接触する前に、早めにアポイントメントを取っておいた方がいいかも」
「そうだな。ここからスターク・インダストリーズの本社まで行くには時間がかかる。1時間後に出発しよう」
「了解。ああ、それと」
ラニはこれが大事なことだった、とコールソンを振り返った。
「発見された時、スタークの胸に円形の小型装置が埋め込まれていたそうよ」
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「恐らく、スタークの胸にあるのはアーク・リアクターが一番近いと思う」
ラニはコールソンの運転する車内でラップトップのキーボードを叩きながらそう話した。
「見学者用の本社の別館にあるものは5メートル近い大きさだけど」
「それを胸に収まるサイズに開発し直したっていうのか?3ヶ月で?30年間進歩しなかったんだろ?」
「有り得ないような話だけど、そういうことになる。それも、資源の限られた洞窟の中で」
ラニ自身、非現実的すぎて言葉にしながら信じられない思いだった。確かに彼は10歳になるまでに電子回路やらエンジンやらを開発した天才だが、ここまで来るとラニ達の組織が目を付けるのも頷ける。大衆雑誌の『現代のガリレオ』というキャッチコピーもあながち間違いではないかもしれない。
「コアはパラジウムで、要するにハイパワーの電磁石ってとこかしら。パラジウムの触媒作用で水素が消えないから、理論上は半永久的にプラズマを発生させられる」
「…つまり、彼は胸に電磁石を埋め込んでいるのか?」
「そう。爆弾の破片か何かを磁力で引き止めているのかもね。小さな破片を全て除去するのは最新設備の整った手術室でも難しいし、でも除去しないと身体に回って確実に死ぬ」
「なるほど。それなら、まともに除去出来るまで引き止めて動かないようにした方が安全だな」
「そういうこと」
2人は身支度を済ませた後、本部の飛行場からジェット機でロングビーチへと飛び立っていた。SIの本社ビルがあるのはLAなので、車で行くには時間がかかりすぎるのだ。
向こうのエージェント達と諸々の調整を済ませて、ラニとコールソンはSIに向かった。スタークは近くにある空軍基地に到着したばかりだが、どうやら本社で記者会見を開くらしいとの情報が入ったためだ。
2人は戦略国土調停補強配備局のバッジを見せてゲストパスをもらい、セキュリティゲートをくぐってロビーに足を踏み入れた。
入口の方にいた人々が騒がしくなり、ラニはそちらに目を向ける。
「到着したみたいね」
「ああ。まずは秘書のペッパー・ポッツにアポを取ろう。どうやらスタークは癖のある人物らしいからな」
スタークの後から入ってきた長身のダークブロンドの女性に目を止めて、ラニはコールソンに目配せすると共に彼女へ近付いた。取材陣から拍手と共に迎えられるスタークと共同経営者のオバディア・ステインを尻目に、ラニとコールソンは音もなくポッツの横に立った。
「ミス・ポッツ」
「はい?」
「お話よろしいですか?」
「あー…、取材なら、会見を聞いていただければ──」
「いえ、私達は記事を書くためにここにいるんじゃありません」
ラニは微笑して首を横に振った。
「戦略国土調停補強配備局のコールソンです」
「同じく、ミッチェルです」
2人はスーツのポケットから名刺を取り出して、ポッツに手渡した。ポッツはクリップボードを脇に挟んでそれを受け取りながら「長い名前ね」と苦笑する。
「略称を協議中です」
「今、国防総省やFBIやCIAや、とにかく色んな方面から既に接触があって──」
「我々は、もっと具体的な目的を持つ別の組織です。脱出の状況を本人から聞きたいのです」
「これはとても重要なことなんです。出来るだけ早い方が望ましいのですが」
「ああ、分かりました。そういうことでしたら、日時を調整します。後ほどご連絡を」
「ありがとうございます」
ラニとコールソンは同時にそっくりな微笑みを浮かべると、ポッツから離れた。座って記者会見をやり始めたスタークを見て、これは一癖どころじゃ済まされないなと思わず笑ってしまう。
「──我社は、現時点を持って武器の製造ラインを全て中止する」
スタークの発言にその場が騒然となると、ラニは傍らに立っていたコールソンへ囁いた。
「今回の件、やっぱり私達の管轄になりそうね。裕福な天才に正義感が加わったら、ヒーローが生まれるのは時間の問題」
「ああ。何故、彼がたった1人でゲリラ基地から脱出出来たのか、大変興味があるね。しかも五体満足で──まあ、右腕は折れているし、胸には電磁石が埋まってるが」
「スタークが誘拐されたことと、彼の父親に関連はあるのかしら?」
「さあな。だが、こうやって彼がここにいるのを見る限り、彼の誘拐自体はあまり私達の組織に関係があるように思えない」
「同感。支部に戻りましょう。フューリーにも報告しなきゃ」
「そうだな」
スタークの後ろ姿を一瞥して、ラニとコールソンは来た時と同じように音もなくその場を後にした。