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未だに、理由を言えない梓沙を香夜とその父親は特に問い詰めることはなかった。
始めの三日間は、空いている部屋にほとんど引きこもっている状態だったが、さすがに、衣食住与えられているのに何もしないわけにはいかない。
梓沙は、料理茶屋の手伝いをすることになった。
二人は丁寧に仕事を教えてくれ、短時間ではあるが配膳をやったり――仕事で忙しい二人代わりに、家事もやったりして過ごしていた。
『……(少しだけど、ここでの生活も慣れてきた)』
それも、二人のおかげだろう。
ここに来たばかりの頃は、不安でいっぱいだった。
静まった真夜中、ひとり、月を眺めていた。
(こんなことなら、もっと、あきらめずに頑張ってればよかったなぁ…)
どこか諦めていた生活をしていた。
失敗続きの日々、何もやってもだめだと――。
(逃げずにもっと頑張ればよかったな…そうすれば、きっと成功して…親孝行できたはずなのに)
でも、それはできないのだと――。
―――元の世界に戻れる方法などないのだから。
***
『今は、頑張って生きていくしかないよね…』
ぽつりと呟きながら、知らない世界ではないだけ安堵した。