序章 (1/4)

アナベル・クローチェは、転生者である。

その事に気付いたのは、学校の入学案内の手紙を読んだことがきっかけで、脳裏に大量の記憶が駆け巡る。

それは、前世――水嶋鈴子ミズシマスズコという日本人女性の記憶だった。

ごく一般の家庭で育ち、高校、大学と進学したはいいものの、就職に失敗しフリーターをやっていた。

彼女は、どこか自信なさげで、どこか息苦しさを感じながら日々を送っていた。

一時的でも彼女が心安らぐのは、大好きなゲーム、映画鑑賞、音楽鑑賞、夢小説を書くことだった。

ゲームをやっている間は、ゲームの主人公になったかのように、夢小説は、自分の大好きな物語の世界に――そして、自分とは違う自分になれる気持ちがして好きだった。

文才はないけれど、書いている間は嫌なことを忘れられる。

息苦しさを感じながらも、好きなことで気持ちを紛らわす日々の繰り返しかと思えたが、ある日、仕事帰りに、原付に乗っていたところを、信号無視のトラックと衝突し、あっけなく死んでしまった。



『………』

なんて、あっけない人生なのだろうと思う。

結局、逃げてばかりの人生で、何もできていない、情けない終わり方だと、記憶を取り戻してから思う。


『まぁ、唯一の救いは、チャンスを与えられっていうことかな?でも、まさか…』

まさか、転生した先が小学校の頃から大好きだった【ハリー・ポッター】の世界にとは…。

アニメや漫画、夢小説などあるあるな展開を、自分がやるとはアナベル自身――鈴子自身思いもよらなかったことだろう。

『自分が経験することになるとはね』

呟きながら、アナベルは窓から外を眺める。


(人生をやり直すことができたんだから、今度こそ、逃げないようにしよう。絶対に…)

もう二度と、後悔するような人生にしないことを、月を眺めながら、そう誓った。