彼は誰時
土方ver
夕飯も食べ終わり、片付けを終わった後、前川邸に戻ろうと歩いていた所、壬生寺に土方さんが入って行くのが見えた。
今から練習するのかな?
そんな事を思いながら覗いてみる。
シュッ、シュッ
そんな木刀を振るう音が聞こえる。
月明かりに照らされて、素振りをする土方さんの姿はまるで……。
髪が揺れる。着物が翻る。彼の切れ目が細められ、睨み付けるように前を見据える。
異空間に迷いこんでしまったような感覚にしばし私はそこから動くことが出来なかった。
土方さんって、何をしていても絵になる人なんだなぁ……
じゃり
身動きした時に私は砂利を踏みしめ、音をさせてしまった。
すると、その音に気付いた土方さんが振り返る。
「……何だ?そこに、誰かいやがるのか」
このまま出ない訳にはいかないので、私はそろそろと土方さんに姿を見せた。
「……悪い。邪魔するつもりじゃなかったんだ」
「何だ、とっくに前川さんの所に戻ったんだと思ってたがな。……こっちで、何してたんだ?」
私をみとめると、土方さんは私がいるのに少し驚いたようだった。
「平助達の稽古に付き合ったり、夕飯の片付けしてたらこんな時間になってたんだよ。前川さんの所に帰ろうとしたら、あんたがこの寺に入って行くのが見えたから、つい……」
「……ふん、なるほど」
私の説明に納得したように土方さんが頷いたので、これ以上邪魔しては悪いと思い立ち去るために声をかける。
「邪魔して悪かったな。俺は戻る」
「待て」
踵を返した所で、土方さんに呼び止められた。
「……なんだ?」
「せっかくだから、稽古に付き合っていかねえか。素振りだけじゃ、どうも勘が戻らなくてな」
「え、いや。俺じゃ役不足だろ」
この間、やっと剣術の稽古を始めた私なんて役に立つと思えなくてそう言うと
「おめえにゃ、なにも期待してねえよ」
土方さんに呆れたように、ため息をつきながら言われてしまいました。
ひどい。……いや、期待されるのも困るんだけどさ。
複雑な気分だ。
「俺が仕手をやるよ。おまえが打ち込む側なら、危険はねえだろ。打ち込んで来い」
土方さんはそう言うと、私に木刀を投げつける。
なんか、ぎゃふんとはいかなくても……凄いって土方さんに言わせたい。
妙な私の闘争心に火がついた。
木刀を握りしめ、私は土方さんに向かって行った。
「く、そ……!」
やっぱりというか、私は土方さんに手も足も出なかった。
悔しい。物凄く。
私は、肩で息を酸いながら顔を歪めた。
「おまえ、本当に最近剣術の稽古始めたのか?」
土方さんの質問の意図が分からない。
首を傾げながら私は答える。
「え?……まあ、そうだな。最近、斎藤や沖田に教えて貰ってるが……」
「そうじゃねえよ。その前からやってたんじゃねえのかって聞いてんだ」
……それは。
「……分からない」
私はそう答えることしかできない。
龍之介はどうだったんだろう。
手に豆はないけど、昔はやってたりしたのかな?
しばらく真偽のほどを確かめるように私を見ていた土方さんは「そうか」と言うと私から視線を外した。
「土方さん。俺はここに居ていいのかな……?」
そんな事を聞いて、私はどうするんだろう。
何故か私の口からそんな問いが出てしまった。
「なに言ってやがる。お前が出て行きたいと思うなら、さっさと出て行っちまえ。いつまでもここに居たら、てめえの命はいくつあっても足りねえぞ」
冷たく突き放すように、土方さんに言われてしまった。
「……うん」
私は小さく頷きながら考える。
皆とは一緒に居たい。
だけど。
「もう戻れ」
土方さんはそれだけ言うと、再び木刀を振り始めた。
私は、その言葉に甘えて前川邸まで戻る為、踵を返す。
「お前が……」
「え?」
数歩進んだ所に声が掛かる。
振り返れば、土方さんはこちらも見ずに木刀を振っている。
「お前が居てぇと思うなら居ればいい。……だが、そうするなら自分の身を置く場所をちゃんと考えるこった」
それは、私が居たければ居てもいいって事だろうか。
もしも、私が隊士になりたいって言ったら受け入れてくれるって事だろうか。
最後の"自分の身を置く場所"というのは、芹沢派のままでいるのか近藤派になるのかって事だろうけど。
「……俺は、皆といると楽しいんだ。だから今は……」
「なら、それでいいじゃねえか。……だが」
「わかってる。……ありがとう。土方さん」
土方さんの言葉を遮る。
最後まで言わなくても分かってるから。
だけど土方さんは態度に反して声音は優しいもので、心がほっこり温かくなった。
「フン」
土方さんはチラリと私を見た後、プイッと顔を背けてしまった。
月明かりに照らされた彼の頬は、気のせいかもしれないけど少し染まっているように見えた。
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