彼は誰時
「……あれ?朝?」
チュンチュンと雀の鳴き声と射し込む朝日に目を細める。
なんだか、いつもより眩しく感じるような……?
こしこしと目を擦りながら、いつも通り自室の布団の中で目を覚ました。
昨晩、なにか大変なことがあった気がする。
なんだか、モヤが掛かったように思い出せない。
まあ、いいや。
ノロノロと布団から這い出し、平間さんの手伝いや顔を洗うため、部屋を出ようと襖に手を伸ばす。
その手が届く前に、襖が勝手に開かれた。
「起きたか、犬。さっさと準備して広間に来い」
その人物――芹沢さんは、それだけ言うと部屋を後にした。
せ、芹沢さんが!あの芹沢さんが!
芹沢さんよりも後から起きた私に、殴りも叱りもしないなんて……!
雪でも降るんじゃ!?いやいや、これからなにか悪いことが起こるんじゃ?と、嫌な予感に身を震わせながら、身支度を終わらせ、広間へ向かう。
広間へと続く入り口を前に、一つ深呼吸。
大丈夫。たぶん、きっと大丈夫。
妙に騒ぐ心臓を落ち着かせるために、自身に言い聞かせながら、もう一度深呼吸。
よし、と気合いを入れると、襖を開き進入した。
その部屋に、ずらりと待ち構えていたのは、右から綱道さん、新見さん、芹沢さん、近藤さん、土方さん、山南さんという面々。
部屋に入って早々、つい、顔が引きつってしまったのは仕方ないんじゃないだろうか。
私、何かした?何をやらかした!?何した私!!
盛大に頭の中で、思い当たることを探してしまう。
「井吹君、こちらに来て座っておくれ」
少しぎくしゃくとしながら、近藤さんが示した場所へ座る。
これから一体なにが始まるのか。
気分は、これから罪状を言われる犯罪者。
いや、私なにもしてない、はずだけど。
頭の中では、盛大に慌てふためく私の耳に、綱道さんの落ち着いた声が届く。
「どこか、体調は悪くないですか?」
私は体調?と疑問に思いつつ正直に答える。
「普段より、少し日の光が眩しいぐらいで問題ない……けど」
自分のことなのに、自信なさげに答えてしまうのも、変なプレッシャーを感じるからだと思う。
たくさんの視線から逃れたいが、出来ない。
心の中では、身をこれでもかと縮こまらせている。
実際にやったところで、視線は変わらないのだろうが。
「昨晩のこと、覚えていますか?」
今度は山南さんからの問いに、私は首を傾げる。
「すっぱり記憶がない。何かあったのか?」
「本当に覚えてないのか?」
「こんなことで、嘘ついてどうするんだよ」
土方さんのい抜くような瞳に、たじ、としてしまうが、なんとか言葉を返す。
土方さんから語られた、昨晩のこと、幕命、そして変若水――。
昨晩、大怪我をした私は、それを飲まされ羅刹というものになったらしい。
…………なんじゃそりゃ。
いきなり、私が"羅刹"というものになったと言われても訳がわからない。
昨晩のことは覚えていないし、とりあえず分かったのは、私が大怪我して変若水という薬を飲ませて助かったのだということだけだ。
私は、とりあえず今まで通りに過ごすことに決まった。
山南さんは、私を別のところに置いときたかったようだが、それを芹沢さんは許さなかった。
多分、小間使いがいなくなるのが困るというような理由だと思う。
あの場を解散して、私は自室へ戻る。
芹沢さんは、そのまま新見さんを連れて飲みに行ってしまったようだし、何か手伝おうとすれば、今日は休んでいてくださいと平間さんに言われてしまったし。
血に狂うだとか、力がどうだとか話されたところで、自分自身は変わったところなどないと思う。
綱道さんに渡された粉薬――確か、吸血行動を抑えるものと言っていた――を眺めながら考える。
吸血行動って、私はバンパイヤか。
バンパイヤの苦手なものといえば、日の光・にんにく・十字架・聖水……あとなんだっけ、銀の杭だっけ……?
なにか違う気もするけど、そんな感じだった気がする。
日の光は、少し眩しいぐらいで日常生活には支障ない。
にんにくや十字架は、大丈夫な気がする。根拠はないけど。
多分、"羅刹"というのは、バンパイヤに近いものなのだろう。
生きていることを喜ぶべきか、得体の知れない何かになってしまったらしい自分を嘆くべきか。
爪が鋭利で長くなった、八重歯が鋭くなった、目が赤くなった、耳が尖ったなどとか身体的変化があれば、後者であったろうが、なにも違わない。
昨日の自分と今日の自分、なにが違うのかわからない。
とりあえず、今は生きていることを喜ぼう。
そうしよう。
いつか、わかる時がくる、その日まで。
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