俺は生きるよ
なあ、山崎……見えてるか?
この空の青さも、彼らの後ろ姿も。
俺は、おまえになった。
おまえがしたかったこと、やれなかったことを俺はやる。
だから、最後まで見ててくれよな。
****
彼への想いを九月の風に乗せて忘れようと思ったあの日から随分経った。
なんの因果か、いま彼は俺の側にいる。
あの日、――芹沢さんが静粛されたあの日
俺は彼の制止を振り切り、変若水を飲んだ芹沢さんの前に躍り出た。
芹沢さんなら俺の声が届くと思った。
芹沢さんなら、必ず理性を取り戻してくれると思った。
実際、芹沢さんは俺の声に反応したように見えた。
だから、俺は無防備にも芹沢さんへ一歩近付いたんだ。
それは一瞬の出来事で気付けば、俺は床に倒れていた。
ドクドクと流れる血と己を呼ぶ声に斬られたのだと、ぼんやりした頭で思う。
次第に重くなる瞼に抗いもせず、俺はそのまま意識を手放した。
「井吹っ!!」
手放す直後、愛しい人の叫び声が聞こえた気がした。
夢うつつ、彼が己の側におり、心配そうに様子を伺っている。
それが不謹慎にも心配してくれていることが嬉しくて、夢でもいいと思うくらいには嬉しくて。
でも、同時に辛そうに苦しそう自身を責めるように歪む顔に、なんでそんな顔をするのだと
俺が勝手にやったことなのに
「井吹……すまない……」
違う!謝らないでくれ!
そう、言葉にしたはずだった。
だけども、ひゅーひゅーと抜けるような音だけが響く。
「辛い、のか?……そうだろうな……」
違う!違うんだ山崎!
おまえは、そんな顔をしなくていいんだ。
そんな顔をしていて欲しくない。
どうして、伝えたい想いがあるのに声が出ないんだ。
夢の癖に、どうして…。
近付いた彼の手を取り必死伝えようとする。
彼は更に辛そうに顔を歪めて、伝えたい事が分からないと己に謝った。
ああ、俺は大切な人をこんな顔にすることしか出来ないのか。
笑っていてほしい。
ただ、それだけなのに。
夢の中でもせめて、笑顔でいて欲しかったのに。
想いが伝えられなくても彼には幸せでいてほしいのに。
お願いだ。声よ出てくれ。
伝えたい。彼に伝えたいんだ。
それでも声帯が震えることは無かった。
夢の中でもうまくいかないなんてと自嘲する。
ああ、身体が重い。
今度は彼が笑っていてくれればいいのに。
****
意識が浮上する感覚に抗わず目を開けると、見たことのない天井が目に入った。
ここは、どこだ?
俺は一体……
そこまで考えながら、身体を起こすと同時に鋭い痛みが走った。
その痛みに顔を歪めたその時だった
何かがボトリと落ちる音とともに、誰かが息を飲んだ気配がしたのは。
そちらに目を向ければ、目をこれでもかと見開く山崎の姿。
「……っ、井吹?」
彼は何かを呟くとハッと自身を取り戻し、こちらに駆け寄ってくる。
「良かった……!一時は本当にどうなるかと!井吹、君が生きて、そして目を覚ましてくれて本当に良かった……!」
俺の手を握り、顔を近付け無事を確認しながら込み上げてきた涙を飲み込む姿に、俺も不覚にも泣きそうになった。
山崎はあれから起こった出来事や、俺の事を教えてくれた。
やはり、喉を斬られた俺は声が出せなくなったらしい。
通常であれば、知ってはいけないことを知っている俺は新選組にとって処分の対象。
それを逃れられたのは声が出ないことと、山崎の口添えのおかげ。
俺の命はお前に救われたんだな。
****
この、あばら家には山崎しか来ない。
いや、正しくは一度だけ、土方さんと近藤さんがやってきた。
俺の声が本当に出ないと分かると、近藤さんはすまなそうに哀しそうに顔を歪ませた。
俺は平気だとの意味を込めて近藤さんに笑いかけた。
それを見た近藤さんは、何故か泣きそうな顔になり顔を伏せると、懐から布に包まれた何かを取り出した。
それを俺へと差し出す。
なんだ?と思いながら受け取り中を開けると筆と硯、そして墨。
驚いて顔を上げると、次いで紙を差し出して近藤さんはニコリと笑った。
これで意志疎通をはかれるだろう?と。
ありがとう。
そう言葉にしても、やはり音になることはなかった。
だけども、うむと嬉しそうに近藤さんは笑ったのだから、きっと伝わったのだと思う。
そして、土方さんは最後に俺に釘を刺すのを忘れずにして近藤さんと共に帰って行った。
本当、あの人らしい。
俺は苦笑を漏らした。
――そんな事を思いだしながら、今日もやってきた山崎と紙で会話をする。
他に誰も来なくても、山崎が来るだけで嬉しくて楽しくて。
帰ると途端に寂しくなって、早く会いたい、声が聞きたいと思った。
消そう無くそうと思っていた、この恋(想い)はどうしたって無くなりそうもなかった。
これで良かったのかもしれない。
声が出なくて。
出ていたら、ふとした瞬間に自分の気持ちが溢れ出てしまいそうだから。
ある日、山崎が松本先生を連れて来た。
もしかしたら、松本先生なら声が出るように治せるかもしれないと思ったらしい。
俺はすっかり諦めていたっていうのに、山崎は諦めていなかった。
その事だけで、心が温かくなった。
だけども、松本先生でも治せないと分かると目に見えて山崎は意気消沈した。
そんなに落ち込むなって。という意味を込めて、肩を叩いた。
山崎は俺に何か言いたげに口を開くが、結局言葉にならずギュッと唇を噛み俯いた。
そんなに自身を責めないでくれよ。
本当に真面目なやつ。
苦笑しながら、ズキズキと痛む胸を無視した。
俺はその松本先生に弟子入りした。
医術なんて、さっぱりだがやればできる。
本を読みあさり、松本先生に直接教えてもらったり……それに没頭して、山崎の気持ちはキッパリ忘れよう、というか無かったことにした。
これ以上、山崎には甘えられないし、あいつにはあいつのやるべき事がある。
それにこれ以上、気持ちを募らせてしまって、もしも山崎に己の気持ちが分かってしまったら困らせてしまうかもしれない。
いや、絶対あいつのことだから困る。そして悩む。
そんなのは嫌だ。
あいつには、前を向いていて欲しい。
土方さんの後に続いて後ろを振り向かず駆けて行って欲しい。
だから、心配を掛けないように、少しでも山崎の力になれるように俺は俺が出来ることを一生懸命やる。
そんな気持ちは、松本先生にバレバレのようで、「後悔しないようにしろよ」と言われた。
その言葉はとても重い。
あいつは――新選組は、今や窮地に立たされている。
****
山崎が大怪我をした。
それは、松本先生と一緒に新選組と同じ船に乗り、怪我人を治療している時に聞かされたことだった。
目の前が真っ白になる。
何も考えられなくて、なにも見えなくなる。
逢いたい
だけど逢えない
俺はもう、新選組とは関われない。
「山崎君が君に会いたいと言っている。会ってやってくれないか」
松本先生のその言葉に俺は首を振る。
「最期に君に会いたいと言っていた。山崎君はそこの船室にいる。誰も来ないようにもしてもらった。もし、気が変わったら行ってやってくれ」
それだけ言うと、松本先生は何処かに歩いて行った。
最期?
いま、行かなかったら……。
嫌だ。
会えなくなるのは。
嫌だ。
『最期』なんて。
気付けば山崎がいる船室の前に俺はいた。
扉を開くべく、手を伸ばす。
視界に入った手は微かに震えていて
ああ、怖いのだと悟った。
山崎を失うのが怖い。
ゆっくりと扉を開ける。
「い、ぶき……か?」
掠れた力のない声でこちらに呼び掛ける山崎の姿を見た途端、俺は飛び付くように駆け寄った。
そして、身体に目を走らせた途端に愕然とした。
こんなに……こんなにひどい傷、これではもう――助からない。
医術の勉強をしたことをこれほど呪ったことはない。
もう、山崎は長くはないんだと分かってしまって。
(いや、勉強などしなくても分かるほどだったのだが)
「最後に……どうしても君に会いたかった……」
その声に顔を上げて、山崎を見る。
「お願いが……あるんだ」
新選組を見届けて欲しい。
それが山崎の願いだった。
それはお前がやれよ。
お前が最後まで見届けろよ。
声なき声で訴える。
「俺は……もう、長くない……お願いだ…井吹」
そんなの、お前の口から聞きたくない。
生きてくれよ。
「泣かないで、くれ……」
山崎の手が俺の頬に触れる。
その手に俺はすがり付くように掴んだ。
「たのむ……」
そう言われてしまえば、頷くことしか出来なくて
安心したように笑う山崎にギュッと手を握る。
「井吹……」
まるで、とても愛おしいものを見るように山崎は目を細めた。
「おまえが…………き…だ………」
山崎は、ふわりと笑う。
ゆっくりと瞼が落ちると、俺がきつく握っている手からも、不意に力が抜けた。
……山崎?
もう、山崎は目を開けることはない。
笑いかけてくれることも声を聞くことも、もう叶うことはない。
そのことも、目の前で起こってる出来事も信じられずにいた。
震えることない喉で、俺は山崎の名を絶叫し、山崎の胸にすがり付いた。
嫌だ、嫌だと泣きわめきながら
山崎の亡骸は水葬された。
俺はその様子を物陰から見守った。
隊士達の間から嗚咽の声が漏れる。
誰もが山崎との別れを惜しんでした。
その様子を目にするだけで、多くの隊士に慕われ、どれだけのことを成し遂げてきたかがわかる気がした。
山崎。
俺はおまえの目になるよ。
この先見定めるはずだったものを残さず目に焼き付けて、それで俺がそっちに逝った時、おまえに全て話すから。
あの時――最期の言葉……確かに山崎は言った。
「おまえが好きだ」と
信じられなかった。
聞き間違えじゃないかと思った。
俺だっておまえの事が好きだったのに。
いい逃げしやがって、絶対許さないからな。
なにがなんでも文句言ってやる。
土産話引っ提げていくから覚悟してろよな。
俺は生きるよ(君の分まで)
end
はい、ごめんなさい。
なんか意味不明になってしまいました。
私の力ではここまでのようです。
山崎→←龍之介で最後の最後でやっと山崎の気持ちがわかった龍之介っていう話で、もっと切ない話になる予定だったのになぁ( ;∀;)
力不足でした(T△T)
最後に、書いてもいいよと言って下さった雨月様に再度御礼申し上げます!
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