俺には年子の姉がいる。姉は大層変わり者で、俺の記憶にある限り幼少期から既に同級生と遊ぶより幼稚園に置いてある幼児が読むには分厚すぎる図鑑を黙々と読んでいたり、自宅でも両親の書斎に入って何やら難しい本を読んでいたような気がする。
幼稚園では年子ということもあり弟である俺が姉を友達の輪に入れるよう先生に頼まれた事も多々ある。自宅では烈火の如く難しい単語を両親にペラペラ喋り両親の監視の下何やら危なさそうな事を平気でしている姉が、幼稚園では大人しい子になっていたのを見た時、俺は幼児ながら自分の姉は変わっているな、と思っていた。
そして俺達は成長し、俺は警察学校へ、姉は小学校を卒業後引きこもりになったのだが頭がいいのは健在で、勿体無いからと両親のコネクションをフルで使い渡米後、14歳で米国の大学に入学し18歳で博士号を取得し帰国した。
帰国した姉はより一層自宅と、自宅に隣接する(元は両親の、現在はほぼ姉の私物化としている)研究ラボに引きこもるようになり、得意の科学と工学を思う存分研究開発し、俺が卒業する頃には((これ絶対世に出回った方が良いよ姉さん!!))という物が姉のラボに沢山放置されていた。姉の許可のもと、作品を何度か使わせて貰っているが我が姉ながら尊敬しかない。…例え家族が買わなければずっとスウェットに白衣しか着ない事や、風呂に突っ込まなきゃひと月余裕で下着しか交換しない事とか、洗濯はするけど自動乾燥後そのまま入れっぱなしで使う時そこから出す事とか、料理が出来なくて外食も出来なくて空腹で倒れる事があっても、とても効果のある(1日1回1ヶ月頭皮に塗れば1ヶ月後には5cmも伸びてる)毛生え薬や、超小型発信機に追跡コンタクトレンズ(従来のコンタクトレンズのハードタイプと同じ着け心地)を作れる姉を俺は高く評価し、そして尊敬しているのだ。
以上が俺から見た姉の人物像なのだが、何故姉の紹介をしているかというと、数時間前に遡る。
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比較的定時近くに警視庁を退庁出来た俺は、両親が学会で海外に飛んでいる事もあり、自宅最寄りのスーパーで食料を買い込み姉の籠っているラボに向かった。
案の定姉はラボでぶつぶつと話しながら配線の出たスニーカーを弄っている。
「姉さん、夕飯作るからキリの良いところでやめて配膳手伝えよ」
「名前〜、ハンバーグが食べたい」
「今日は海老が安かったから海老フライ。それ以外は却下!」
「ええ〜っ、じゃあ!海老チリも!」
「ん〜…まあそれなら大丈夫か?海老フライの量減るけど」
「やった〜!名前の海老チリ美味しいんだよね〜」
「わかったから、片付けろよ?」
「はーい」
黒のエプロンをつけて買い物袋を整理し、調理を始める。両親が海外に行く事の多い我が家では、料理の出来ない姉に代わり俺がキッチンに立つのが暗黙の了解となっていた。おかげで俺の料理スキルは女性警察官の視線が痛い迄に成長している。
さっと夕飯を作り、キリが良い所でやめろと言った筈の姉が新たな作品を創り出そうとしていたので取り上げ、ほぼ1人で終わらせた夕飯の準備が整った食卓に座る。姉に手洗いをさせ、頂きますの号令でサクッと揚がった海老フライに箸を伸ばした。うん、我ながら美味い。
程よく辛味のある海老チリも、海老のぷりぷりした食感をしっかり残しつつジュワッと広がる海老の旨味が口いっぱいになり白飯が進む、進む。
特売の海老を堪能しながら、そういえばと口を開く。
「俺、配属先変わった」
「え〜、今の時期に?何やらかしたの?」
「いやなんか演習場で狙撃の練習を他の課の上司に見られてたみたいで、引き抜かれた」
「え、生活安全部から?」
「生活安全部から。引き継ぎ終わった来週から刑事部に移動だってさ」
「刑事部って…あんた大丈夫なの?何課?」
「捜査第一課」
「え、ちょ、ばっちり犯罪最前線!?」
「うん。しかも強行犯捜査三係だから格段に御遺体と御対面しなきゃならないね」
「海老チリ食べてる時にする話じゃないわ〜」
「確かに」
「いや〜、姉さんは名前が心配で仕方ないよ」
「それがさ!捜査一課の目暮警部が慣れない俺に凄く親身になってくれるんだ!佐藤警部補は美人だし、一課のみんなも気さくな人が多くて馴染みやすいかも!……って姉さん?え、ちょっ、姉さん!?」
海老を堪能しながら姉さんと話していると、急に姉さんが黙り込んだ。先程まで会話をしていたのにおかしいと思い姉の方を見れば、姉は外出しないので日に焼ける事のない白い顔を更に白くさせ、目をひん剥いていた。白飯を食べようとしていたのだろう、左手に持った茶碗と右手に持ち上げられた何も乗っていない箸が小刻みに震えている。
「姉さん!どうした!?不味かったか!?」
席を立ち姉に駆け寄り茶碗と箸をテーブルに戻し震える背中をそっと摩る。時間にしたら1分もしないだろう、姉は(まだ顔は真っ白だが)落ち着きを取り戻し口を開く。
「…目暮警部って、目暮十三?」
「うん、え、知り合い?」
「佐藤刑事って、佐藤美和子…?」
「うん」
「警視庁警備部機動隊の爆発物処理班に萩原研二と松田陣平っている?」
「他の部の事までは流石にわかんないけど、警察学校にいた頃噂になってた卒業生5人組の内2人がそんな名前だったと思う」
「噂?」
「姫と4人の
「ブッ!!」
「うわっ、唾飛ばすなよ!」
吹き出したかと思えば、姉は真顔に戻り「そういう事か」「だからか」「なんで気づかなかったんだ…」等ぶつぶつと呟き始めた。
どうやら俺の作った飯のせいではないようなので、こうなった姉はほっとくに限ると自分の席へ戻り夕飯を再開する。
姉は器用に呟きながら飯を完食し、珍しく洗い物を率先してやり始めた辺りで嫌な予感がした。大概姉が率先して俺の手伝いをする時は、何かして欲しい事がある時だ。案の定、皿を1枚割って洗い物を終えた姉は帰宅時に作っていた作品を弄っている俺の前に凄く良い笑顔で立ちはだかった。
「名前〜」
「お断りします、ご自分でどうぞ」
「私外出たらまたぶっ倒れるから!外怖い!」
「じゃあ諦めろ」
「辛辣!」
毎度お馴染みのやり取りをし、結局今回も俺が折れる形となる。コミュ障が爆発し外で倒れた姉を知っているのと、なんだかんだで身内可愛さでいけないと思いつつ姉を甘やかしてしまうのだ。後、姉の作品の使用頻度とリクエスト頻度が俺がずば抜けて高いのも姉の言う事を聞いてしまう要因の一つではある。
「で、俺は今回は何を?行列に並ばされるのは仕事休みの時しか無理だぞ」
姉に向き合えば、顔の横で人差し指をピンと立て、さもなんでもない事の様に言い放った。
「後5ヶ月で、爆発物処理班の萩原研二が死にます」