愛に来て



嗚呼 君は何処

アタシは此処で−−。









暗闇の中に雨の音が広がる。



「雨、降ってきちゃいましたねぇ。テッサイサン」
「急ですな」


降りだした土砂降りの雨に、アタシは想いを乗せる。


「ハァ…こんな夜は名前サンに会いたい…」
「おや、私じゃ役不足でしたかな。」
「ヤダなぁ、名前サンと比べちゃあ誰だって役不足っスよぉ」

ヘラリとノロケて見せれば、「そうですか」と軽く流された。

「店長、私はそろそろ休ませて頂きます」
「あぁハイ、すいません、引き止めちゃって。おやすみなさぁい」

ひらひらと手を振ると、テッサイさんは寝室に引き上げていった。
アタシは居間に独り。

大粒の雨が窓を叩く。
遠くで雷が鳴っている。

今頃は何をしているんだろう。

あぐらをかいた膝に肘をつき顎を支えつつ、想いを飛ばす。


あァ…
会いたい、会いたい、会いたい。


こんな夜じゃなくったって
晴れてる朝でも、曇った昼でも、あの人と2人でいたい。
ただ、あの人が愛しくて、会いたくて。
ただ本当にそれだけ。


「なんて…。
乙女っスか、アタシは」


呟いて自分を嘲笑う。
それでも、その思いは途切れなくて。

あぁ、会いたいなぁ、名前さん

会いに行けばいいのだろうけど、もう夜も遅い。
明日は日曜日だけど、名前さんが休みかどうかも知らない。
もしかしたら、もう寝ているかもしれない。


アタシが行けば、きっとあの人は疲れていたって、平気な振りをして大きく微笑んでくれる。
それが分かるから。
甘えてしまいそうな気持ちをぐっと抑えて、アタシはここでただ雨を見る。


忙しい仕事の中で相当無理してること。
辛いことがあっても容易に弱音を吐いてくれない性格。
頼まれれば断れない責任感。
知ってるから。
重荷にはどうしてもなりたくないんスよ。


でも名前サンが、アタシの知らないところで知らない男と話をしているところ。
名前サンしか知らない世界を見ていること。
アタシの知らない場所で、アタシの知らない表情で誰かといるところ。
会えないのも、触れないのも全てが嫌だ。



アタシはいつだってココで待ってるだけっスけどねぇ…。


小さくため息を吐き出して、遠くで鳴る雷に耳を澄ませた。


この調子じゃぁ、眠れそうにない。
会いたくて、たまらなくて眠れないなんて、どうかしてる。


名前さんが側にいないとアタシがアタシじゃぁないみたいだ。


ジリリリリリンッッ!!


「うわっ!び、びっくりしたぁ。」


突然けたたましく鳴り響く黒電話に心臓が跳ね上がる。


ジリリリリリンッッ!
ジリリリリリンッッ!


「ハイ、ハイ、ハイ、もしもーし、浦原商店ッス。」
「あ!あの、こんばんは…喜助さん?」


受話器から聴こえてきたのは、愛しい愛しいその人の声。


「名前サン?!」


元々早かった鼓動が更に早まって、声が裏返る。
震える手にグッと力を込めて受話器を持ち直した。


「どうしたんスか?
名前サンから電話してくるなんて珍しいっスねぇ。」


いつもの得意な笑顔を浮かべて平静を装ってみても、ドクドクと心臓が脈打つのがわかる。


あぁ名前サンだ。
名前サンの声だ…。
名前サンが電話してくれるなんて思いもしなかった。


「ごめんなさい、こんなに遅くに…。」
「いえいえ、いいンすよ!全然!!」

あぁきっと申し訳ない顔で、目を伏せているんだろうな。

受話器越しに想像した彼女の姿が、言葉を発した。

「あの…」
「ハイ?」

自分でも声が微笑んでいることが分かる。


「……」
「名前サーン?どうしたんスか?
ていうか、あれ?名前サン今外っスか?」

受話器越しにザーザーと雨音が聞こえる。

こんな時間に1人で外?

急に心配になって、黙り込んでしまった名前さんに声をかけてみるが、返事がない。
耳を澄ますと、受話器の奥で押し殺した声が聞こえる。


「名前サン…もしかして…泣いてます?」

あぁ、こんな時側にいれば、言葉で確かめなくても分かるのに。
滅多にない、名前サンの泣き顔。
その肩を抱いて、落ち着くまで側にいてあげることができるのに。


「き、すけ、さん…今から…会いに行ってもいいですか…?」
「へ?」


沈黙の後小さく震える彼女の声。
思わぬ言葉にアタシは間抜けな声を漏らしてしまう。


「あ、えっと、ごめんなさい!やっぱり迷惑でしたよね…。
図々しいコト言っちゃって…。も、だいじょ…。」

「名前サン」


名前サン、アタシは


「今どこっスか?」

貴方が落ち込んだり、悲しい夜に、アタシに会いたいって思ってくれたって、自惚れてもいいンすか?


「お店の近くの…公園…」
「今から行きます!
そこで待ってて下さい!」


早く彼女の一番近くに行こう。


冷えた体を抱き締めよう。
あぁ早く彼女の元に。





「名前サン!」
「あ…喜助さん…」

急いで近寄るアタシに、名前サンは申し訳なさそうに眉をさげる。
「ごめんなさい…」
「なんで謝るんスか」

雨に濡れたその体をぐっと引き寄せて、耳元で囁く。
「こんなに、濡れて…。寒かったでしょう」
「だいじょうぶ」
「大丈夫じゃないっスよぉ。どうしたんスか」


「会いたくて、ただそれだけ」
「名前サンそれはちょっと反則っスよ」

本当は何かあったのだろう。
強がりな名前サンは言わないけど。
でもいいんだ。
頼ってくれた、それだけで。






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