Sugar!
甘い甘いケーキ
色とりどりのフルーツ
甘ったるい紅茶に
可愛い可愛い君が運ぶ、甘い時間。
また今年が終わる。
新しい1年のはじまりまで、あと1日。
「よし、やぁっと終わった」
大掃除は毎回大変だが、終わった後のスッキリした感じは年越しの前に重要だ。
1年間散らかし続けた隊主室の片付けも、ようやく終わりを迎えた。
隊の皆さんはそれぞれ賀正準備に忙しい。
いつもより静かな隊舎。
これはこれで正月らしい感じがする。
さぁて、ボクは研究の続きでもしましょうかね。
正月だからといって、ボクの日常にそう変化はない。
もう数えるのもとうに飽きた自分の誕生日でもあるが、それも誰も覚えてはいないだろう。
夜一さんの誕生会は昨日盛大に行われ、申し訳程度にボクも祝ってもらった。
来ていた客は「あ?そうだったの?」くらいの反応だったが。
ボクとしては、平和な日常が何よりの贈り物だと思っている。
それでいい。
平和な日常を謳歌すべく、机に向かおうとした所でふと立ち止まった。
もしかして…?
感じ慣れた気配。
思わず緩む頬をそのままに、部屋の襖を勢いよく開けると、
やっぱり。
ビクリと肩を揺らす彼女の姿が庭の草花の影で見え隠れ。
「どうもぉ。こんにちは。」
「こ、こんにちは。」
小さな鼻を赤くして、バツが悪そうにボクを見る顔が上気していく。
「何もお構いできないッスけど、よかったらどうです?上がっていきませんか?」
オロオロする彼女に手招きして笑った。
「あ!はい」
す、すいません。こんな年の瀬に…。
弾けるように顔をあげて近付いた後、申し訳なさそうにする彼女を先に中に通す。
「今お茶淹れますね〜」
部屋に彼女を座らせて、自分はそそくさと実験用の水場へ向かう。
余裕を見せたものの、心臓がバクバクと大きな音を立てているのがわかる。
なんで今日わざわざ来てくれたんだろう?
とか
浮竹隊長のお遣い?
とか
もしかしてボクに会いに?
とか。
頭の中を疑問と、甘やかな期待が同時に駆け巡る。
彼女に会うといつもこうだ。
それは彼女に初めて会った頃から。
こんがらがっていく思考が、いつものようにいかなくて煩わしい。
彼女に初めて会ったのは、彼女が入隊して少し経った日だった。
13番隊の浮竹隊長のお遣いにかこつけて、賑やかな三席…確か志波三席だったか、に連れられてお披露目がてら挨拶にきたのだ。
賑やかに話すその三席の横で、物静かに微笑みながら
苗字名前です。
と名前を教えてくれた。
まるでそこだけ時が止まったように静かに微笑む彼女に、完全に一目惚れだった。
浮竹隊とは隣の隊の関係。
自然、やりとりは多くなる。
それから度々浮竹隊長や、その他の雑務で訪ねてきてくれ、隊長と隊士として話す程度には仲は発展したが、それ以上も以下にもならない。
というか、なりようがない。
冷静で、気持ちの波に囚われにくいと思っていた。
この子に会うまでは。
引き戸をからりと開けると、緊張した様子で小さく座布団に座る彼女。
「いいっスよ、気にしなくて。丁度、大掃除も終わったとこっスから。」
迷惑をかけたと申し訳なく思っているのかと、心配させないように声をかけた。
あ、すいません。
と尚も硬い表情で、頭を下げる。
盆に乗せたお茶を机に置いて、湯飲みの一つを彼女の前に置きながらちらっと彼女の顔を盗み見る。
そりゃ、そうっスよね。慣れない男性と2人きりなんて、緊張するでしょうね。
自分が無理やり部屋にいれて、怯えさせてしまっているのではないかと不安になる。
そんなボクの想いを知ってか知らずか、苗字サンが口を開いた。
「隊長…あの…私」
「どうしたんスか?」
「えと…いえ…お茶、頂きます」
「どうぞ」
ゆっくりとお茶を飲むその所作がとても綺麗で。
思わず目で追ってしまう。
「あ、なんかこのお茶…」
「あ、気づきました?」
慌てて見惚れて停止していた思考を動かす。
「平子さんから、もらったんスよ。紅茶っていうお茶らしいっス」
意外にマメな平子さんから、昨日の誕生会でもらったお茶を見せる。
「私も、平子隊長に淹れて頂いたんです、紅茶」
香りが良くて、とっても美味しかった。
思い出したように、ふんわり笑う苗字サンをみて、ぎゅっと胸が音をたてた。
平子さんと2人でよく会うんですか?
喉元まで出かかる質問も、返答によってはズタズタになることに覚悟ができなくて、結局出せないまま。
「そうなんスか。平子さんほど、美味しく淹れられてないかもしれないスけど」
「いえ、とても美味しいですよ」
両手で湯呑を包んで、苗字さんがもう一口紅茶を口に運ぶ。
ボクとしてはもうそれだけで、お腹いっぱい。
「砂糖入れると、またちょっと味が変わるって聞いたんスけど、いれてみませんか?」
「いいんですか?」
「うん、ここにあるから、これを」
2人で興味津々で砂糖を入れて、もう一口飲んでみる。
「どっちが好みっスか?」
「私はお砂糖入のほうが」
「ボクもっス」
些細な一致も嬉しくて、頬がゆるゆると緩んでいく。
「隊長、甘党なんですか?」
「はい。甘い物好きっスね〜」
「本当に、お好きなんですね」
とても幸せそうな顔してます。
苗字サンの表情がほろっと崩れて、優しい微笑みが浮かぶ。
その表情はどこか安心したかのような、不思議な表情。
自分の体温が少し上がるのが分かる。
甘いのは苗字サンなのか、紅茶なのか。
楽しく、甘い時間は飛ぶように過ぎていって。
気がつけば外は薄暗がりが降りてきていた。
聞けば、13番隊は今夜は忘年会で宴席を行うのだとか。
苗字サンが戻る時間が近づいてくる。
「浦原隊長、私そろそろ戻りますね」
「あぁ、すいません。引き止めて。浮竹隊長が心配しますね」
心配して待ってるのは、平子さんかもしれないけど。
ふと過る考えに、チクリと痛む胸には気づかなかった振りを決め込むことにした。
ごちそうさまでした。
と立ち上がり、荷物を抱えて出ていく華奢な背中を見つめる。
次、こんなふうにゆっくり話せる機会が、いつかくるだろうか。
名残惜しさと切なさで、心臓が波打つ。
廊下まで見送りに出て、あわよくば13番隊舎まで送っていこうと声をかけようとしたところで、目の前に白い箱が突き出された。
「あの…!これっ!」
「へ?」
「う、うけ、受け取ってください!」
「あ、はい?」
反射的に受け取って立ち尽くすボクを置いて、苗字サンは瞬歩で去って行ってしまう。
残されたボクと、手の中の箱。
箱には取っ手がついていたが、苗字サンが握りしめたのかくしゃくしゃにひしゃげている。
「?」
部屋に戻って、箱を目の前に首を傾げる。
なんだろうか。
浮竹隊長からの何か?
全然検討がつかない。
箱を開けてみると、そこには
「これ…」
カラフルな果物が乗った、かわいいお菓子が一つ一つ懐紙に包まれて入っていた。
もしかして、もしかしなくても、ボクに?
苗字サンからのプレゼント?
そこで、そっと添えられた手紙に気づく。
封を開ければ、微かに苗字サンの甘い匂いがするような気がした。
品の良い綺麗な字が並ぶその短い手紙に目を落とす。
“浦原隊長
お誕生日おめでとうございます。
平子隊長からお聞きして、私もお祝いがしたくて、勝手ながら贈り物を用意させて頂きました。
なにぶん手作りですので、お口に合うかわかりませんが…。
私は浦原隊長と出会えたことが、本当に嬉しいのです。
いつもありがとうございます。それでは”
「っつーーーー…」
口元を手で覆って、何度もその手紙を読み返した。
今、ものすごく間抜けな顔をしているに違いない。
甘い匂いを漂わせるお菓子を口に含めば、優しい甘さが口いっぱいに広がる。
気付いたら夜空に飛び出していた。
満点の星空の中、キミの元へ駆け出す。
甘酸っぱさが消えないうちに、キミに伝えたくて。
この想いに、まだ勢いがあるうちに。
「っはぁはぁ!あの!苗字サン!を、ちょっとでいいんで、呼んでもらっていいっスか」
「あ!浦原隊長じゃないっスか!どうしたんスか、そんなに急いで」
珍しい
と目を丸くした志波三席が大股で近寄ってくる。
「さっき、伝えそびれたことがあって、苗字サンに」
「伝えときましょうか?」
「いえ、直接話したいんでとにかく呼んでください」
…わかりました。
困った表情で一瞬戸惑ったような志波三席だったが、そのまま宴席の奥へ苗字サンを呼びに入っていく。
志波三席にトンと背中を押されて、出てきた苗字サンは俯いたまま、スンと鼻をすすった。
「苗字サン?」
何も言わず、顔も上げない彼女が心配になって顔を覗き込んでぎょっとする。
「な、泣いてるんスか?!」
慌てるボクに呼応するように、苗字サンの目から次々にポロポロと涙が零れ落ちた。
「ちょっと、苗字サン、こっちに来て」
このままでは苗字サンの泣き顔が晒されてしまう。
華奢な手首をそっと握って、人目のつかないところに連れ出した。
「どうしたんスか?」
零れ落ち続ける涙を、自分の指で掬ってみる。
暖かい雫が、外気に触れてひんやりと冷えていった。
「っ、っく、へん、な、渡し方しちゃった、から」
ヒクヒクとしゃくりあげながら、少しずつ語ってくれる。
「浦原たいちょ、に、嫌われたかも…って、おもっ」
て…たいちょう?
苗字サンの驚いた声が、腕の中から聞こえた。
可愛くて、嬉しくて、愛おしくて。
辛抱できずに、その体を掻き抱く。
「嫌いになるわけない」
ボクの胸にじんわり滲む苗字サンの涙が熱い。
「本当に嬉しかったんスから。じゃなきゃ、こんな、」
余裕なくして、走ってこないっスよ。
心臓の音がやけにうるさい。
無理して走ったからなのか、それとも緊張からなのか。
「たいちょ…」
「苗字サン、キミに伝えたいことがあるんス。…ずっと、最初から、好きでした」
「…!たいちょう…」
私もなんです。ずっと、隊長のことが好きなんです。
そう言って、苗字サンはまた泣き出した。
「隊長」
「喜助」
「え?」
「隊長じゃなくて、喜助っス」
「…喜助…さん」
「はい。なんでしょう、名前サン」
「…お誕生日おめでとう。あの…大好き、です」
「…名前サン…!」
2人なら時計もいらない。
時も取り戻せる。
すれ違った沢山の時間も、いくつもの空をまたいで重ねていく。