与える男



アタシの想い人は

頑張り屋さんで
気の強い
いつも何かに立ち向かってる。

そんな人。

だけど本当は…。







「名前サン、どうもぉ」
「…また?いい加減不法侵入で訴えますよ」


ヘラリと笑ってベランダから手を振れば、不機嫌な顔を作り横目だけで睨まれた。
いつもつっけんどんで強気な彼女だが、今日はまた一段と機嫌が悪い。

否。

ふん、と視線を前に戻す彼女をもう一度よく見た。
その寄せた眉の向こうの感情を読み取ろうと、神経を研ぎ澄ます。


落ち込んでる…?


窓を鍵を閉めず恐らく“誰か”を待っていたあたり、あながち外れてはいないのではないか。
不謹慎ながら口角が上がっていく。


「いやぁ、屋根の上を散歩してたら、可愛い誰かさんの呼ぶ声を聞いたような気がして…」
「それじゃ、来る場所間違ってますよ」
「まぁまぁ、そう、つれないこと言わずに…」


やれやれと笑って頬を引っ掻いたら、
寒い、閉めて。
と素っ気なく怒られた。


テーブルには数本のビールの空き缶に、かじりかけのセロリとマヨネーズ。

珍しく荒れた食事をしてるな

彼女を見れば、既に次の缶にふてくされた顔で手を伸ばし、勢いよく煽った。


「今日はよく飲みますねぇ。でも」


強くないでしょ?お酒


やんわりと細い手首を抑えて顔を覗き込んだら、ジロリと睨まれる。


「ほっといてよぉ!ばかぁ!」

既に少し出来上がっている。
いつもの名前サンなら、こんな反応はしない。

か、かわいい。

赤い顔と、とろんとした目。
それでも一生懸命、気丈であろうとするその姿がいじらしい。
でもこの様子じゃあ、後で名前さん盛大に後悔しそうだな、と思わず苦笑した。


「いま、笑いましたね!
こちとら明日は強制公休よ!いくら悪酔いしたっていーの!」


ジタバタと暴れる彼女の言葉に、あぁそれでかと納得する。
彼女が普段家にいる日にこんなに夜遅くまで起きてることはない。
ましてヤケ酒していることなどまずない。
例えどんなに嫌なことがあっても、泣きながらでも、噛み締めて眠ることをアタシは知っている。
なぜなら、明日の仕事に支障をきたすことを、何より彼女が恐れているからだ。


そして今日のように酒を煽るのは、何かしらがあった日。
更にそんな夜に窓の鍵を開けているのは、実は、アタシが来ることを少し期待してるというのは、彼女でさえ目を逸らしてる秘密。



「どうしたんスか、また今日は随分と可愛いっスねぇ。」

優しく髪をすいて、ふうわりと漂う香りに目を閉じる。

「可愛いく…ないですよ…」

ポツリとこぼす彼女の視線が、下へ落ちた。

「仕事ばっかりできて…。
私だってこんな怒ってばっかりなんて嫌ですよ。
でも、ちゃんと仕事真面目にしない部下に、じゃあ私はどうすればいいんです?
って…あぁー。」

小さな握りこぶしを額に当てて、何か堪えるようにため息を出す。
後悔したように、ごめんなさいと、小さく呟く彼女の細い肩は潰れてしまいそうに頼りない。

聞けば、連勤に次ぐ連勤の中で、真面目に仕事をしない部下にとうとう怒ってしまったのだと。
その様子を見ていた上司から、休みを言い渡されてしまったらしい。

正直、その上司の判断は賢明だと思いますけどね。

余裕なさげにうっすらと目に涙を浮かべるその横顔をみて、ふと息を吐いた。
どこまでも真っ直ぐに、進み続けることを厭わない彼女は、誰かが待ったをかけるまで止まらない。
毎日毎日、精一杯肩肘張って生きてる彼女は、本当は泣き虫で不器用で意地っ張りな、ただの女の子。


「色々溜まってたんスねぇ…。」


頭を撫でれば、ポタポタと堪えていた涙が彼女の頬を伝った。


「…ーっつ…。
馬鹿ぁ…喜助さんが優しいからこんな下らないことで泣いちゃったじゃん…。」

「下らないことじゃないでしょうに…。
いいんスよ、気にしなくて。ここにはアタシと貴方しかいないんスから。
どんな貴方でもアタシには可愛い女の子っス。
だから、肩の荷下ろして甘えて下さい」


さぁどうぞ。
なんて、両手を広げて少しキザに微笑めば、おずおずと体を寄せてくる彼女が嬉しくて、キュウっと抱き締めた。


頭のてっぺんに顎を乗せて、明日の予定を考える。


「名前サン、明日はアタシとデートしましょ」
「やだ」
「じゃあ、家の中であんなことや、こんなこと、1日中しちゃう?」
「馬鹿」
「アハハハ。…素敵な浜辺をみつけたんスよ。名前サンと海が見たくて」
「…仕方ないなぁ」


腕の中で短く答える名前さんの表情が、変わっていくことが分かる。


毎日すり減らしていく心があっても、アタシがいくらでも補充してあげる。
不思議な力で、キミを幸せにしてあげるよ。






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