若者のすべて



夏も盛りを過ぎ、ここのところの異常気象で最高気温を記録し続けていた天気予報が、少しずつ落ち着いてきた。
あとは、秋の到来を待つばかり。
暑さが苦手なアタシからすると、願ったり叶ったりなことだ。

今年最後の花火はもう散り、賑やかな友人たちは尸魂界へ帰っていった。
いくつもの再会がそこにあるだろう。
かけがえのない再会も。

残った者たちもいる。
アタシもその一人。
その想いは−…。


「喜助さん…」
「んー?雨、どうした?」

心配そうな顔でこちらを見る雨に視線を送り、思わずその小さな頭を撫でる。

「元気なかったから…」

こんな、子供にまで、心配させてしまっている。

「ありがと。でも、大丈夫」

ヘラと笑って見せれば、少しは安心させられたようだ。
小さな頭に乗せた手をくしゃくしゃと動かせば、雨が猫のように目を細めた。


「ちょっと、出掛けてきます」

星空の下に一歩足を踏み出すと、秋の涼しい風が頬を掠めていった。
歩き慣れた道をゆっくりゆっくりと歩いていく。
街灯の灯りがポツポツと続いていく。
カラコロと下駄を鳴らしながら歩けば、遠い記憶が蘇っていく。
次々と頭の中でフィルムがめくれるように、映像が切り替わっていく。


アタシも感傷的になったもんスね。


ふと勝手に蘇る記憶を、現実的な自分の思考が遮った。
どのくらい歩いたのか。
いつの間にか、目的の場所はすぐ目の前になっている。

昔はこうではなかった。
考えても仕方のないことは考えないようにしていた。
それが歳をとったというべきか、経験をしすぎたかせいなのか。
思い出さずにはいられないことが増えた。


「名前サン、来ましたよぉ」

人の気配のない暗がりの中、夜目だけで固く冷たい真四角の石を見つめる。
一段上がってしゃがみ込み、懐からマッチとろうそくを取り出して灯りを点けた。
ぼぉっと燃え上がる小さな炎がゆらゆらと揺れる。
線香に火をつけると細い煙がゆっくりと立ち昇っていった。

「名前サン、何してんスかねぇ」
虚しい独り言は闇に消えていった。

ここに何もないことは分かりきっている。
それでも少しでも、貴方を感じたくて。
それが例え、冷たい石に刻まれた貴方の歴史でも。

思念でもいいから、一目会いたいと何度願ったか。
貴方は未練などなかったようで、アタシを置いていなくなってしまった。
時が経てば、風景は変わり、物は朽ちていく。
貴方を思う場所も次々になくなっていく。
守り続けても違和感のない場所。
それがここだった。

死後の世界を知りすぎるくらいに知っているアタシが、こんなことをするのもおまじないのようなこと。
立ち昇る線香の煙を見つめていると、なぜだが想いが一緒にいってくれるような気がして。
まさか、自分がこんな無意味なことをするようになるとは思わなかった。
それでも、貴方にまつわる何かをしていないと、気が狂いそうになるのだ。

いなくなっても、キミはアタシを変え続けるんスねぇ…。

しゃがんだまま夜空を見上げれば、星がキラキラと光っているのが見える。
そのまま瞼を閉じて、いつか会えるその日のことを思い浮かべた。

キミはどんな顔をするだろう。
笑ってくれるだろうか。
こんなアタシになんて言葉をかける?
そしてアタシはキミになにを言うだろう。


「さ、帰りましょうかね。名前サン、また来ますね」

懐かしいその名を意識的に呼ぶ。
自分の口がその名を紡ぐことに執着するアタシは、なんて情けない男なのかと思う。

くるりと踵を返して帰路についた。
またキミがいない世界へ帰っていく。


「苗字」
「阿近さん!」
「入隊早々悪いな、現世に派遣なんて…」
「いえ、そのために、真央霊術院卒業したんで…」
「あ?」
「いえいえ!なんでもないです!」

慌てる名前を見て、阿近が眉を寄せる。

「まぁいい。向こうについたら、協力者がいるから」
「浦原さんですよね」
「あ?なんだお前もう聞いたのか」
「えぇ、資料には目を通しましたし」

知らない仲じゃないんで。

ぽつりと零した呟きは阿近には聞こえない声。

「それなら話しは早ぇ。とりあえずまず、浦原さんのところに行け。
力になってくれるはずだ」
「承知!じゃ、行ってきます」


穿界門の前で、名前はすぅと息を吸う。

どんな顔をするだろう?
貴方は覚えていてくれているだろうか。
忘れていても、笑ってくれたらいい。
私はなんて声をかけるだろう。

背負った荷物の紐をきゅっと握りしめて、一歩踏み出す。
貴方がいる世界へ。






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