アイツを振り向かせる方法



「あの…っ!!!好きなんです」
「…堪忍なァ。その気持にはこたえられへん」

土砂降りの雨。
冷たい水滴と一緒に、温かい雫が頬をつたう。
落ちた傘が音もなく転がっている。
去っていく細い後ろ姿と、あたしの好きな金の髪が雨に霞んだ。




「しんじー!」
「‥せやから、呼び捨てで呼ぶな言うとるやろ!」

店内に入ってすぐ、その細い腰に抱きつくと、ぐいぐいと頭を押しやられる。

「ほんで、くっつくな」
「女の子に対してひどくない?!」
「ひどくない」

相変わらず冷たい…。
明後日の方向を見たままの真子を見て、ちょっと涙ぐんだりなんかしてみる。
涙ぐんだまま、こっそり様子を伺う。

どうだ?
涙目、上目遣い攻撃…!

「あ、店長!」
「あのさぁ、平子くん、仕事中なんだけど」
「ほんま、すいません…」

店長さんに見つかって、ペコっと頭を下げる真子。
金色のおかっぱが、サラッと揺れて綺麗。

「お前のせいで怒られたやんけ」
「いたっ!痛いじゃん、ばか!」

思いっきりデコピンされて、両手で抑える。
今度はフリじゃなくて、本当に涙が出た。

けーっと出した真子の舌に、ピアスの銀がキラッと光る。



真子と出会ったのは2年前。
偶々立ち寄ったCDショップでだった。

「えーっと…L、L、L…」
「何かお探しですかァ?」
「あ、すいません、あの…」

振り向いた先に、金の光が揺れていた。
その時にはもう、きっと遅かったんだ。

「自分、珍しいなァ。こないに渋いの聴くんや?」
「…はぁ、まぁ」

今でも鮮やかに思い出せる。
最初の日に交わした会話。

思い出して苦笑する。

あれから暇さえあればこのお店に通って、知らなかった音楽も沢山知った。
好きなアーティストも増えた。
音楽の趣味が少しずつ変わっていった。
そういう小さな変化の積み重ねは、大きな傷跡になってぽっかりあたしの胸に穴をあけた。
だってあたしは振られた身。

そう、気がついた時にはもう好きで。
急いで想いを伝えて、結局振られた。
土砂降りの雨の中で振られるなんて、どういうドラマチック。


「後悔なんて、絶対嫌」

やりことやってやるんだから。
もう怖いことなんてないのよ!

綺麗に陳列されたCD棚を見ながら、ちらっと真子を盗み見る。

絶対、好きって言わせてやる。

今のアタシの目標は、ただそれだけ。
あの日誓ったんだ。


「なァ、名前」
たまに呼んでくれる、あたしの名前。
それだけでこんなにも嬉しくなってしまう。

「なに?」
嬉しさなんて、微塵も出してやるものか。
そう決めて、何事もないように返事をする。

「お前、毎日毎日よぉここ来るけど、ええんか?」
「えっ?なにが?」
「なにがて…。もっとあるやん、色々。友達と遊んだり」

なんや、お前、友達おらへんのか?
パソコンに向かいながら、失礼なことを言う真子。

「失礼な…。いますぅ、友達!
それにねぇ!男の子からも放課後のお誘い多いんだからね!」
「せやったら、遊びに行ったらええやんけ、その友達と」

サラッと言ってのける真子に、あたしも素知らぬ顔してお喋りを返す。

「だって、真子じゃないとできない話、沢山あるんだもん」

友達といるのも楽しいけど、真子といるほうがもっと楽しいんだよ。
そんなことを言ってみる。

ねぇ、真子気付いてるんでしょう?

話してて分かる。
こんなに頭がよくて、勘の良い人が気付いてないわけない。


「…まァ、そうかもな」

今のはちょっと、効いたかな。
語尾や話し始めのちょっとした違和感を、あたしは見逃さない。

「こないな変な奴、俺しか相手でけへんよな」
「変な奴って…」

あたしが変なら、真子はなんなのさ。
そう言うと
しゃーから、上行く変な奴やないと、相手でけへんやろうが。
と、べっと舌を出した。

あーもうほんと。
ずるい。




ほんま、こいつ、ずるいわ。
名前が見てないところで、そっとため息を吐く。

俺がこの子を縛らないために、この子が俺を縛らないように、ずっと突き放してきた。
相手は女子高生。
俺は好きが高じてCD屋で働いている、ただのアルバイター。
付き合うなどと、まさに晴天の霹靂。
あの雨の日、震えながら教えてくれた気持ちも、いとも簡単に断ち切った。
…つもりだった。

ほんま難儀なやっちゃで…。

好きな奴から何度も突き放されて、傷つかないわけがないのに。
何度も何度も。

俺かて、出会った、最初からずっと―。

今でも最初の日のことは、鮮やかに思い出せる。

黒くてきらっと光る活発そうな大きな瞳。
白い肌に黒々とした睫毛が映える。
ショートカットの、女の子にしては短い髪が跳ねていた。
小さく開いた口が、言葉を紡ぐ。

名前の一挙一動、思い出せる。
突き放しても突き放しても、戻ってきてくれる彼女。
どうしても、最後のトドメを刺せずににここまできた。

結局段々と俺の扱いが上手くなっていく名前に、女ってこわいわ、と思う。

いちいち可愛いねん、ほんまに。

「ねぇねぇ真子」
「あー?」

名前を呼ばれるだけで、心臓が痛い。

「1丁目にある喫茶店知ってる?マスターが美味しい珈琲いれてくれるの。
マスターねぇ、めっちゃイケメンで、音楽も詳しいの」
「へぇー」

イケメンマスターなァ…。

俺以外の男の話を、嬉しそうにする名前を見て胸が妬けそうだ。
俺以外の男と音楽の話をしてると知っただけで、イライラが募る。

「末期や」
痛くなってきたこめかみを抑えて、はぁと一息。

「え?なに?」
「なんでもない」
「ふーん?」

名前が不思議そうに俺をみる。
もうやめてほしいと思う。
疲れるのはごめんだ。

「それで、その喫茶店がなんや」
立て直したくて、気にしないフリを装う。

「あ、そうそう!
すごく雰囲気いいところで、喫茶店にいる間、真子がここにいればなぁっていつも思ってたんだ。
一緒に行こうよ」
「…行く」

だから、そういうのが、ずるいんやって。





「……」

確かにイケメンや。

カウンターの奥では、薄い茶色の髪のゆるーい笑顔を浮かべた男が、静かに2人分の珈琲を淹れている。

俺とそないに年も変わらへんのやないやろうか。

目の前のマスターを見て、目をキラキラさせる名前。
それを見て少し落ち込む。

「名前サン、この人が名前さんの言ってた、失恋相手っスか?」
「あっちょっと喜助さん!」
「やぁ、こんな、かっこいい人とは」

名前で呼び合う仲を見せつけられて、面白くない気持ちになる。
しかも、俺の知らないところで、俺の話しをしていたとなると尚更だ。

俺、なにしてんねやろ…。

頬杖をついてはぁと1つため息。
今日はため息ばかりついている気がする。

「そうでしょー?真子かっこいいんだよぅ」

その言葉に、目を見開いた。

「いいっスねぇ。羨ましいっス」
「…アホか」


淹れてもらった珈琲は確かに美味しかった。

「あ、喜助さん、そういえばマスターは?」
「あ?マスター、この兄ちゃんやないんか?」
「喜助さんが、マスターぁ?」
「やだなぁ、アタシはただのアルバイトっスよぉ。
そろそろ帰ってくると思いますけど…」
そう言って、ヘラと笑う。

名前サンのお目当ては、マスターっスもんね。
と喜助が名前に話しかける。

イケメンマスター…どないなやっちゃ…。

帰ってこなくていいのに、とか思ってしまったのがフラグだったのか。

「あ、帰ってきたみたいっスよ」
「あ!マスター!お帰りなさい」

店の扉がチリンチリンと音が鳴って開く。

「ただいま戻りました」

物静かな声のほうを振り向くと、そこには。

「…なァ、イケメンマスターて」
「ね、イケメンでしょ?」
名前がコソッと耳打ちしてくる。

カウンターに入ってきたマスターは、筋肉質のどでかい体に、サイズ感の合っていないシャツとベスト、体のせいで小さく見える蝶ネクタイに口ひげにメガネの姿。

名前のイケメンの定義て…。

別の意味でへこんだ。






「また来てくださいね」
にへらと笑いながら、扉を開けた喜助にお礼を言って、名前が店の外へ出る。

自分も外へ出ようと歩きだすと、ぐっと引き戻された。

「な、なんやァ?」

「あんまり、名前サン泣かせないでくださいよぉ。
その気がないんなら、その役目、アタシと変わってください」

アタシなら、名前サン泣かすようなこと、絶対しませんけどね。

さっきとは打って変わって、低い声が耳元に残る。

「おーい、真子ぃ!なにやっての、いくよぉー!」
少し離れたところから、名前が呼ぶ。

「すいませーん。アタシが引き止めてましたぁ。
今行くっスー!」
俺の代わりに喜助が返事を返した。

「…なんやねん、お前」
「さ、名前サン待ってますよ。
早く行ってください、というか、早く行け」
「お前に言われんでも、行くわ、ハゲ」


喜助は名前のもとへ駆けていく後ろ姿を見送る。

「ムカつく人っスねぇ」

無理やり奪うなんて、そんな野暮なこと、アタシはしませんよ。
名前サンを、振り向かせてみせますから。

喜助は珍しくイライラと舌打ちをして、店内に戻った。






「けったくそ悪い奴やったなぁ」
「えー?」
「なんでもあらへん」

夜の道を歩きながら、横を楽しそうに歩く名前を見やる。

うかうかしとったら、ほんまにアカンかも。

この空気がなくなることには、もう耐えられないかもしれない。

「いつまでも、逃げとったらアカンかなぁ」
「ねーなんなの、さっきから」
「なんでもないわ、アホ。気にすんな」
「なんなのよ、一体!」
「あーうるさい、うるさい」






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