桃色
いつもより静かな部屋。
今日はテッサイが子ども達を連れて、久しぶりに出かけている。
誰もいない部屋に、時計の音が大きく響く。
「………」
「………」
シンと静まる部屋の中、男女2人が見つめ合っている。
男は卓袱台に肘をついて、女は正座でその視線を挑むように受け止めていた。
「…っ…なぁっ!!!!!」
「はぁい、名前サンの負けー」
「無理だ…」
一気に息を吐き出して、目を逸らす名前。
それを見て喜助はニンマリと笑う。
だって、だって、そんな、優しい目で見られたら…。
「あと5秒で息止まるかと思った。」
「いやぁ、それは一大事っスね。王子様のキッスで目覚めさせなきゃ」
「息止まってないんで、結構です」
近づく顔を押しやると、不満気に口を尖らせる。
「名前サン、つめたいっス」
「やだなぁ、愛情表現っスよぉ」
名前は喜助がいつもするように、ヘラと笑って戯けて見せた。
「…馬鹿にしてます?」
「してないっス」
「いや絶対してるでしょ」
「してないもーん」
困ってる困ってる。
名前は喜助を困らせる企みが成功したことにほくそ笑む。
「なに笑ってんスか」
「笑ってない」
「…もうなんでもいいっス…。じゃあアタシは仕事に戻りますね」
「え…?」
もしかして怒っちゃった?
立ち上がった喜助を慌てて目で追う。
喜助は背を向けて障子に手をかけた。
「喜助さん…?」
やだ、やだ、行かないで。
思わず羽織の裾を掴む。
「…ふ…ふふ…あはははは」
喜助の肩が震えて、背を向けたまま笑い出す。
「え?なに?」
名前はびっくりして目を見開いた。
ひとしきり笑った後喜助は、はーっと大きな息を吐いて名前に向き直る。
「名前サン、わかりやすすぎっス」
「なに!?わざとだったの?!」
「あんなことくらいで、アタシが怒るわけないでしょ」
「…意地悪」
今度は名前が喜助に背を向けた。
名前はおもいっきり爪を噛む。
昨日塗ったマニキュアの味。
この爪も唇も、全て喜助のものだということを、痛い程思い知る。
でも私は喜助さんの何を持ててるんだろう。
「その余裕がむかつく」
もっと私のことで余裕なくしてよ。
もっと同じスピード、同じ目線で一緒にいたいよ。
「名前サーン。機嫌なおして?」
「いや!嫌い!」
「ひどいなァ」
困ってほしくて、名前は思ってもないことを口にしてしまう。
「ほらほら、おいで、名前サン」
肩越しにチラと見ると、喜助が手を伸ばして誘っている。
不思議な引力で引き寄せられる。
逆らえないことが悔しい。
喜助の体に到達するや否や、名前の体はすぐにぎゅうと抱きすくめられた。
ふわっと香る喜助の髪の匂いは、名前と同じシャンプーの匂い。
「あー名前サン、いい匂い」
「それ、私が言おうと思ったのに」
また先を越される。
目の前の喜助の胸に、唇をつけた。
「あら、大胆っスね‥いてて!」
そのままおもいっきり痕を付ける。
▽
「お返し」
「…こんなお返しなら、いつでも歓迎っスよ」
キッと見上げてくる名前を見下ろして、喜助は余裕を繕う。
そういう1つ1つが、色々とアタシを煽るんスけど…。
「それじゃお返しにならないじゃん」
「名前サンがくれるものは、アタシにとって何も罰にならないんスよ」
本当だ。
それが痛みや悲しみでさえも、甘いものに変わる。
「名前サン、アタシをその気にさせたんだから…」
喜助はそのまま名前の服に手を滑り込ませる。
「あっ!おやつがない!」
「げふっ!」
名前が後ろに引いた肘が、喜助の鳩尾にヒットした。
「わぁ!ごめん、喜助さん!」
「いや…いいんスけど…」
喜助は鳩尾を抑えて、さっと立ち上がった名前を見上げた。
「それより大変だよ、喜助さん!今日の3時のおやつがないよ!」
「そんなことより、その気になったアタシのココのほうが大変なんスけど」
「ほらほらほら!買いに行こう!立って立って!」
さぁさぁと名前が喜助の腕を掴む。
「名前サン、わざとやってます?」
「え?なんのこと?」
靴を履いてトントンとつま先で地面を叩きながら、すっとぼける名前を見れば今にも笑い出しそう。
「いや、それほんとに罰になるんで」
「私がすることはなんでもご褒美になるんじゃなかったの?」
「取り上げられるのは、紛れもない罰っス」