独占欲



【今日、急に友達に誘われたから飲み会行ってくる。夜電話できないかも…】

私が杉元くんに送ったメッセージだ。
何もやましいことはないし、本当のことしか言ってない。

【帰り遅くなりそう?迎えに行こうか?】

優しい杉元くんからの返事に、幸せが笑いになって溢れたのだって、嘘なんかじゃない。

少なくとも、私は。




「ごめん、遅くなって、ちょっと仕事長引いて…」

指定された店に入って、個室の入り口で固まってしまったのは、聞いていない男性陣がいたからでも、女友達がそっと手を合わせて無言の謝罪を送ってきたからでも、騙されて合コンに参加させられたと悟ったからでもない。

同じように目を見開いてこちらを凝視している、男性陣の中に紛れ込んだ杉元くんと目が合ったからだ。












「飲まないんですか、それとも飲めない?」
「へ?」

キャップを被ったまま女の子と話している杉元くんをぼうっと眺めていたら、いつの間にか隣に、昏い目をした人が座っていた。
オールバックの表情のない人で、男性陣の中で1番関わりたくないと思った人だ。

質問に答えられないでいると、「それ」と言って顎で私の手元のグラスをしゃくった。

「酒じゃないでしょう」

別に飲めないわけではないけれど、なんだか飲む気になれなくて頼んだ烏龍茶が氷で薄まっている。

「飲めないわけではないんですけど…」
「飲む気になれない、と。こんな所に来ておいて?」
「いや、それは…」

こうなるに至った経緯を話そうかと逡巡したところで、「貸せ」と言ってあっという間にグラスを取り上げられた。
それからとてもスムーズな動きで自身がボトルで頼んでいた焼酎の蓋を開けると、そのグラスに注いでマドラーで混ぜて「これでいい」と満足気に言った。

「あの、」
「乾杯」

言いかけた文句も引っ込む相手のガン決まり笑顔に、思わずウーロンハイが入ったグラスを受け取ってしまった。
少し口をつけたら、普段飲むものよりも濃ゆめで思わず顔を顰める。

「で?アンタ、杉元狙い?」
「えっ」
「見過ぎだろ。他の奴なんか眼中にないって感じで、正直ちょっと傷つくぜ。
自己紹介だって、まともに聞いてなかったんじゃねぇか」

にやにやしながらグラスを口につける彼の名前を、言われてみれば確かに聞いていなかった。
でも別にどうでもいい。
このまま飲む気もないし、何が悲しくて彼氏が他の女と楽しそうにしているのを見続けなければならないのか。
そろそろお暇しよう。

「すいません、あの…」
「尾形だ。まぁ、まだ座れよ」

別に名前を聞きたかったわけではなかったのに勝手に名乗って、立ち上がりかけた私の肩を抑えた尾形さんを、私は唖然と見つめる。

「今日は1人で飲むつもりだったが、アンタと飲むことにした」
「そんな勝手に、」
「協力してやる」

いつの間にか縮まっていた距離感と、耳元でした深い声に身体が強張る。
私が固まったのをいいことに、そのまま尾形さんは私の耳元でボソボソと喋り続ける。

「気づいてるか?杉元がチラチラこっちを見てる。
あっちもアンタを気にしてるようだぜ、良かったな。
こうしてることで、アイツの気を引けてるってことだ」

この人の声、なんかヤバいな。

言っている内容は、本当にそうか?と言いたくなるようなことだけれど、声に惑わされそうになる。

尾形さんは少し体を離して、それから、私の顔をじっと覗き込んだ。

「そうだな、次は…酒が進まんようだし、口移しでもしてみるか?」
「は?!何、」

「おい、離れろ、くそ尾形」

尾形さんのびっくり発言に目を丸くしたところで、物凄く不機嫌な声と共に私の身体が勢いよく引き寄せられる。
気がついたら杉元くんに倒れ掛かるようにして、身体が傾いでいた。

何が面白いのか尾形さんは、はは、と笑って「泡食って来やがった」と煽るような口調で言う。

やめてくれ。

「すぎ、」
「ごめん、やっぱ無理だ、行こう」

杉元くん、と言おうとして、遮られてしまった。

強い力で立たされ、杉元くんは私の腕を掴んだまま歩き出す。
怒っているのか、無言のままで。









「杉元くん」
「……」

店を出ても、杉元くんは何も言わずにずんずん歩く。
私の腕は掴んだままだ。

「ねぇ、杉元くん」
「……」

やっぱり返事はない。

段々苛々してきた。
どうして私が一方的に怒られなければならないのだろう。
理由くらい、聞いてくれてもいいだろう。
握られた手も痛いし、怖い。
腹が立って、泣きそうになってきた。



「ちょっと!杉元くん!!!」

いつも帰り道に横断する公園に入ったところで、大きな声を出す。
杉元くんが、ビクリ、と肩を震わせて立ち止まった。
ずっと背中を向けていた杉元くんが、ゆっくりと振り返る。

「痛いよ…」
「あ、ご、ごめんね」

杉元くんが慌てたようにパッと手を開くと、手首から熱が離れていった。

リーリーと虫の鳴き声だけが、辺りに漂っている。


「あのさ、俺」
「あのね、私」


2人同時に話し出して、気まずさに拍車がかかる。

「先にどうぞ」「いやそっちこそ」と、無駄な譲り合いのラリーを繰り返した後、「じゃあ…」と杉元くんが遠慮がちに口を開いた。

「俺のこと飽きちゃったなら仕方ないけど…尾形だけは、頼むから、止めといてくれないかな」
「は?」

思いもよらない言葉に、思わず口が開く。

「アイツは、駄目だ。いや…アイツ以外も駄目だけど…とにかく、尾形は駄目なんだ。
…ていうか、俺にしときなよ。絶対、その方がいいよ。ね、」

真剣に私の顔を見てそんなことを言う杉元くんを見て、怒りが沸々と湧いてくる。

自分のことを棚にあげて、こいつは何言ってんだ。

「私、今日、合コンのつもりで行ったんじゃないから」
「え?」
「飲み会って友達に誘われて行ったら、あんなだったってこと」

来るメンバーを聞いていなかった私が悪いのかもしれない。
彼氏ができた報告をしていなかったことも良くなかったのかも。
でも、合コンは苦手と、公言している私をあんなふうにして強制参加させるとは思わないじゃないか。

いや、それよりも、何よりもだ。

「杉元くんこそ、私に飽きて、新しい出会い探しに来たんじゃなかったの?
今からでも、戻ってもらっていいけど」

杉元くんがあの場にいなかったら、とっくの昔に帰っていた。
多分、状況を把握した瞬間、帰ったと思う。
あの場に残ったのは、彼がどういうつもりか知ろうとしたからだ。
普通に女の子と話してたってことは、そういうことなのではないのか。

思考がぐるぐると巡らせていると、杉元くんが泣き出しそうな顔をで口を開いた。

「俺も、飲もうって言われて顔出したら、合コンだったんだよ。帰ろうとしてたら、君が来たんだ」

あぁそういうことだったのか、と理解して、でも、とまた疑心暗鬼が首を擡げる。

「でも、女の子と話してたじゃん」
「いや、君が帰ろうとしないから、俺も残ったんだよ。そしたら話しかけられて…って、君だって尾形と話して…いや、いいや、それは」

多分文句を言いかけて止めて、杉元くんはふらりと私に近寄った。
それから、私の首と肩の間に、ぽすん、と頭を乗せた。

「じゃあ、俺に飽きて合コンに行ったんじゃないってこと?」

消え入りそうな声で弱々しくそう言う杉元くんに、私は頷く。

「うん、違う。ていうか、飽きたとして、そんなことしない」

はぁぁぁぁ、と長い長いため息が杉元くんから漏れる。

「良かったぁ…。目の前で、誰かのものになるかもって場面見るのって、あんなに辛いんだねぇ…」

しょんぼりとそんなことを言って「俺って結構独占欲強いのかも」なんて、今更なことを呟く杉元くんが可愛くて、もうなんだか色々どうでも良くなってしまった。
キャップの上からポンポンと頭を撫でると、顔を上げて杉元くんが私を見た。

瞳がキラキラチカチカと輝いている。

「…帰ろっか」
「うん、帰ろ」

照れくさそうに視線を逸らして、さっきとは違う優しい力で私の手を握ってくれた。

心配しなくても、私は貴方に独占されているから。

そんなことを思って、そっと手を握り返した。






表紙へ戻る