溶ける
くそつまんない。
さして美味しくもないパサパサの焼き鳥を喰みながら、上司の話に相槌を打ちつつ頭の片隅に呟きが浮かぶ。
会社の飲み会なんて接待と同じで、面白くもなんともない。
毎回盛り上がる話は、お馴染みの内輪ネタでもう耳にタコができるくらい聞いた。
デジャブかと思うくらい、よくもまぁ、同じ話で同じように盛り上がれる。
隣の隣の席もうちと同じ団体客だけど、あちらは合コンらしい。
イケメンが座っているのが視界に入って、いいなぁ、なんて思いながらつま先にパンプスを引っ掛けて、フラフラと机の下で足を動かした。
このままフェードアウトしちゃおうかな。
邪な考えが頭を過ぎる。
上司の話に皆して反応している様子を見て、私1人いなくなっても特に問題はなさそうだと判断した。
後で同期にでもメッセージ入れとけばいいか、と自分に都合の良い言い訳を並べ立てて、そっと立ち上がろうとする。
「どこ行くんだ?」
ぎくり、と固まって振り向くと、鞄を持ってこっそり立ち上がっていた私を、目ざとく見つけた野間くんが声をかけてきた。
酒の入った回らない頭で、なんとか言い訳を絞り出す。
「あー…実は私箱入り娘なんだよね」
「は?」
咄嗟に出た口から出任せに、野間くんが口をぽかんと開けた。
我ながら馬鹿みたいな理由だなと思うけど、口に出してしまったのだから仕方がない。
「遅くなると、色々あれだから、帰らなきゃ」
「え?あ、」
「じゃあ、お疲れ、また週明けね」
何か言いたげな野間くんがそれ以上口を開く前に、なんとか煙に巻いて、そそくさと店を後にした。
物凄くふわっとした言い訳で無理やり出てきてしまったが、まぁなんとかなるだろう。
晴れ晴れとした気持ちで、のんびり夜道を歩く。
夜風が気持ち良い。
やっぱり、早めに切り上げて出てきて正解だったかも、と自分の決断を自分で褒めた。
ほろ酔いのサラリーマン、ノリの軽い大学生、多分キャバのお姉さんと同伴のお客さん、女友達のグループ。
すれ違う人たちを横目に気分良く歩いていく。
会社の飲み会から解き放たれた開放感と、今になって回ってき始めた酔いが手伝って気分が浮つく。
なんだか楽しくなってきて、足取りも軽い。
鼻歌まで口ずさみ出したところで、魅力的な文字が目に飛び込んできた。
“期間限定、岡山県産白桃ソフト。ぎゅぎゅっとジューシー!”
コンビニの看板に掲げられたその文字と、添えられた写真に目が奪われる。
店内で作ってくれるコンビニのそのスイーツ商法に、毎度毎度引っ掛かっている私である。
しかも期間限定なんて謳われたら、当然素通りなんて出来ようはずもない。
フラフラと引き寄せられるように、白々とした光を放つ店に近づいた。
「いらっしゃいませ〜」
気怠げな声を出す、夜バイトの男の子が立つレジにまっすぐ向かう。
対面して、彼の背後にあるスイーツごとの写真ボードに視線を走らせた。
ボードは電気で光るようになっていて、その光が消えている場合売り切れのサインである。
白桃ソフトの写真が光っているのを見て、私は意気揚々とボードを指さした。
「白桃ソフトお願いします」
「あと、宇治抹茶黒蜜パフェも」
背後から私の注文に別の注文が付け足されて、横から手が伸びてきてお金を乗せるトレーに千円札が置かれる。
驚いて振り向くと、高い位置から冷ややかな視線が降ってきた。
「えぇ?宇佐美さん?」
「君さ、危機感って知ってる?」
なぜ、という問いより先に、宇佐美さんの不機嫌な声が返ってくる。
飲み会に居たはずの宇佐美さんの突然の襲来に、呆けてただ顔を見つめ返すと「間抜けな顔」と鼻で笑われた。
心臓はバクバクと音を立てている。
だってこんなところに、この人が急に現れると思わないじゃないか。
そんな私たちのことはお構いなしに、「白桃ソフト、カップとコーンどちらにしますか?」とバイトくんが声をかけてくるので、宇佐美さんから視線を逸らして「あ、コーンで」と慌てて返す。
彼は淡々とレジを打つと「18番でお呼びします」とトレーにお釣りと番号の書かれたレシートを置いて、奥に引っ込んでしまった。
「で?」
バイトくんの後ろ姿を見送ってから、宇佐美さんが口を開く。
隣を見ると、意地悪そうに口の端を歪めて笑う宇佐美さんと目が合った。
「誰が箱入り娘だって?」
「…すいません…」
野間くん。
私は君を恨むよ。
なんだって、わざわざ宇佐美さんに告げ口したんだ。
▽
「宇佐美さん、お金…」
「僕が、たかだか300円程度をせびるような男だと思ってるの?」
おずおずと申し出た私を蔑むように見下ろして、「こういう時は、いただきます、って可愛く貰っときなよ」と白桃ソフトを差し出してきた。
「いただきます」
いちいち言い方が意地悪なんだよなぁ、と思いながら、スプーンと一緒にソフトクリームを受け取った。
会社の先輩の宇佐美さんは何かと絡んでくるけど、私に対しては他の社員に対してとは少し違って意地悪なところがある。
隣の席の野間くんに言わせれば「面白がってるだけ」らしいのだけれど、面白がる要素が全く分からない。
店を出ると、夏のまとわりつく様な夜の匂いが身体を包んだ。
店先に置かれたベンチに2人で腰掛けると、私たちはそれぞれに手にしたスプーンでアイスを口に入れる。
じっとりと暑かった体が、中から冷やされていく。
白桃ソフトは思った通り、ちゃんと白桃の果実感があって、まろやかなミルクも相まってとても美味しい。
やっぱりこのコンビニのスイーツはハズレないなぁ、と思いながら次々に口に運んでいく。
「美味しい?」
「え、はい、美味しいです」
声を掛けられて、無心でソフトクリームを口に運んでいた所を見られていたことに気がついて、若干恥ずかしくなる。
宇佐美さんは私の返答を聞くと「ふぅん」と言って、私から視線を外して自分のアイスを食べ始めた。
なんなんだ一体。
つくづく私はこの人のことが分からない。
暫く無言でアイスを食べていると、先に食べ終わった宇佐美さんが空になったカップを置いて足を組んだ。
ぼんやりと遠くに視線を投げかける姿を見て、やばい、と思って食べるスピードを早めると、「別に急がなくて良いから」と声を掛けられる。
その横顔を見て、ふと、気になっていたことを思い出した。
「…宇佐美さん、あの、飲み会は」
「抜けてきた。君が1人で帰っちゃうから」
言葉にしてみれば、予想外な返答が返ってきて面食らう。
どうして、私が1人で帰ると宇佐美さんが抜けてくることになるのか理解ができない。
ぽかんとしていると、「何、その顔」と宇佐美さんが視線を寄越してきた。
「あのさぁ、さっきも言ったけど、危機感。
夜道を1人で酔った状態で帰るの、どう考えても危ないでしょ。
背後から見てたけど、ふらふらふらふら、見てられないよ。そうかと思えば、こんな寄り道なんかしてさ」
ぶつぶつと文句のようにして投げかけられる言葉は棘があるけど、でも、心配してもらったということで合っているのだろうか。
「あの、ありがとうございます…?」
「は?何が?」
「いや、心配してもらったのかなって」
どう返せば正解なのか分からなくて、先輩の気遣いだろうと踏んで述べた礼だったけれど、宇佐美さんは「はぁ」と一つ大きなため息をついた。
「君ほんと、そんなふうにぼーっとしてると、襲われるよ」
「え、私、ぼーっとしてますか?」
「してるだろ、ホラ、アイスも溶けてるし」
顎でしゃくられて手元を見ると、話し込んでいる間に残っていたソフトクリームが溶け出して、コーンを伝って手にクリームが付いている。
「あぁ、本当だ」と、これ以上溢れないようにソフトクリームを持っている手を持ち上げたら、横から手がにゅっと伸びてきた。
反応する間もなく、手首を掴まれて引き寄せられると同時に、宇佐美さんの顔が私のその手のすぐ近くに降りてくる。
ベロり。
コーンに伝ったクリームを、宇佐美さんの赤い舌が舐めとった。
夜のコンビニの白々とした灯りの中で、宇佐美さんの伏せ気味の長い睫毛の隙間から目が合う。
ねっとりと視線が絡んで、ぞくぞくと肌が泡立つ。
掴まれた手首から熱が伝わる。
「ホラ、こういうこと」
掴んでいた私の手首を離して、もう片方の手で私の手からひょいとソフトクリームを取り上げながら、宇佐美さんが平然と言った。
残ったコーンとソフトクリームを食べながら、「うえ、甘い」と言って指についたクリームを払う姿を呆然と眺める。
「な、なん、」
「あは、馬鹿みたいな顔」
一瞬の衝撃からまだ立ち直れず、スプーンを握り締めたまま口をパクパクさせる私を見て宇佐美さんが笑う。
それから宇佐美さんは「手、洗ってこようっと」と言ってゴミを手に立ち上がって歩き出し、
「また、ぼーっとしてる。君も学ばないねぇ。行くよ」
と、固まっていた私に、少し離れたところから声を掛けてきた。
慌てて立ち上がって駆け寄ると、宇佐美さんが満足そうに、ふん、と鼻を鳴らす。
さっきまでソフトクリームで冷えた筈の身体が、内側から熱くなってしまった。
わざわざ追いかけてきてくれたり、あんなことしたり、宇佐美さんは私のことをどう思ってるんですか。
やっぱり、宇佐美さんは謎だ。ミステリアスだ。
「宇佐美さんって、難しいです」
「君は簡単だよね」
私の顔をチラリと見て、宇佐美さんがクツクツと笑った。