男前な彼女
ボクの恋人は男前である。
「…相変わらずイカついの聴いとるね…」
「え?なんか言うた?」
いや、なァんも。
そう言って、聴く人から聴けば昔懐かしのハードロックに耳を傾ける。
おまけにこれまた懐かしのカセットテープだ。
彼女の車は、年代物のボロッボロの赤の四角いステーションワゴン。
従兄弟から譲り受けた物らしく、本人はあまりよくこの車の値打ちを分かっていない。
それでもこの車を譲られたということは、それ相応の信頼があってのことなのかと思う。
現に彼女はそれはそれは大切にこの車に乗っていて、古いとはいえ乗り心地は悪くない。
しかし随分ガタはきているはずだ。
「この前、窓取れたて言うてなかった?」
「あーそうそう!いや、焦ったわー」
走ってたらいきなり、ストンって下に落ち込んでさぁ。
でも大丈夫、直したし!
あははと楽しそうに笑う彼女の横顔を呆れ半分、心配半分の気持ちで見る。
「心配されたんとちゃう」
「されたされた!お母さんからは、今度こそ買い換えなさいって言われたけどね」
手放せるわけないやん、そう言って愛おしそうにハンドルを撫でるその顔を見て、こらダメやなと、ため息をつく。
海外遠征から久々に帰ってきてみればこれだ。
帰ってきたら、どうか車のことを説得して欲しいと彼女の母親に泣きつかれていたが、ボクにもどうもできそうにない。
「あんまり、お母さんに心配かけたらあかんよ…」
「えー?もしかして、翔くん私の心配してくれてる?」
窓を全開にして枠に腕を乗せ、カセットテープでハードロックを聴きながら、嬉しいわぁと悪戯っぽく笑う。
どこのイケメンやねん、カッコよすぎやろ。
男のボクでも見蕩れる格好良さなんて、シャレにならない。
遠征からの帰りには必ず彼女がこうして迎えに来てくれる。
彼女、名前ちゃんはボクの恋人だ。
なんとなく、このまま結婚かなというくらいの付き合い。
知り合ったのは大学1年目の春。
彼女は機械いじりが好きで、メカニックとして自転車部に所属していた。
部にいるときはいつもお気に入りのつなぎを着て、男とも女とも安心感のある距離感を保つ彼女の周りにはいつも人がいた。
あの頃まだひねくれ根性だけで生きていたようなボクにも、彼女は周囲と変わらず接してくれ、偶然同郷ということもあり自然に話すことも増えていった。
最初は頭のおかしな女だと思っていたが、徐々にそのさっぱりとした性格に惹かれていき、いつの間にか恋人同士にまで発展してしまった。
人生どこでどうなるか分からないものだ。
要するに彼女は魅力的な人間である。
批判的に物事を見るボクからしても、恋人であるということを差し引いても。
そういうわけで彼女はモテた。
まぁそれは盛大に、同性から。
大学2年目の学祭で、巫山戯て部の先輩が名前ちゃんをミスターコンにエントリーした。
当日までそのことを知らされていなかった彼女だったが、ノリのいい彼女は学祭で執事喫茶なる、これまた巫山戯た出し物をしていた格好のそのままにステージに上がり、他の男子学生を退けて優勝をかっさらっていったのだ。
ステージ上で壁ドンからの顎クイ≠名前ちゃんにされた一学年下の女の子が膝から崩れ落ちていたのを思い出す。
その後、彼女のファンクラブが結成されたのはいうまでもない。
そんな名前ちゃんを好きになって、大学3年の頃にはお互いの間で言葉にはしていなくても、部内では何となく公認の仲になっていた。
厄介だったのは、ボクは普通に恋をしたけど、その相手が普通じゃなかったことだ。
自分たちの仲を言葉にせず敢えて宙ぶらりんにさせていたのは、交際を宣言でもしたらファンクラブの女の子たちに殺されるんちゃうか、と思ったからだった。
ボクもやけど、彼女も危険やと本気で心配していた。
しかし名前ちゃんはそんな心配もどこ吹く風で、人目を気にせず明らかに他とは違う距離感で接してきた。
そんな中その年のバレンタインだった。
自転車部はそれぞれ目当ての人物にチョコを渡しに来た女の子で溢れていた。
勿論、名前ちゃんの周りにはファンクラブの子達が集まって、我先にとチョコを手渡そうと群がっている。
それに、なんとこんなボクにも、チョコを渡そうとしてくれる奇特な女の子が数人集まって、大学てなんや色んな人がおるんやなァと、したことがない経験に面食らいながら応じていた。
“翔くん、ちょっと”
てんやわんやの状況の中で、周りの女の子より頭一つぶん背が高い名前ちゃんが、ちょいちょいとボクを呼んだ。
なんやの、と眉を寄せて女の子達を掻き分けて近寄っていこうとすると、チッと舌打ちをされて嫌な気分になる。
あぁもぅイヤやなァと心の中で呟いて、近寄れへんわァと表情と肩をすくめるジェスチャーで表現してみせると、名前ちゃんが寄ってきてボクの腕を引っ張った。
そのまま腰に手を回されて、ぐっと力を入れて引き寄せられる。
あまりのことによろけてそのまま名前ちゃんにぶつかるが、しっかりと受け止められその腕はそのままボクの腰をホールドしている。
“皆ぁ、かんにんな。私、この人の物になってん”
にっこりと爽やかな笑みで高らかに宣言した名前ちゃんの一言に、場が凍りつく。
ボクはボクで衝撃と恥ずかしさで、青くなったり赤くなったりして完全に頭がショートしてしまい、使い物にならない状態になってしまった。
名前ちゃんのファンクラブの子達の中には泣き始める子もいてちょっとした騒ぎになってしまい、見兼ねた先輩達がなんとかその場を収めてくれたことはその後の部の語り草になっている。
そんなボクらももう20代後半。
ボクはプロのレーサー、彼女はサイクルショップで働きながらメカニックとして活躍している。
ボクは年の半分は海外に行っているし、彼女もメカニックとして声がかかればあちこちを飛び回る日々。
2人して自転車漬けの毎日で、こうして直に合って一緒に過ごせる時間は貴重だ。
今日こそは…。
パーカーのポケットに入っている小さな箱を手の中で転がす。
帰国前に買った指輪。
苦労して彼女の指のサイズを調べた。
男としてつけるべきケジメはちゃんとつけなあかんやろ、と自分を奮い立たせる。
実はずっと前から言おうと決めていた。
きっかけが掴めなくて今日まできてしまった。
「ちょっと、寄りたいとこあるんやけど寄ってもええ?」
「おん。どこ?」
「んー、秘密。
時差ボケしんどいちゃう?寝ててええよ」
「ん」
機嫌良さげな声を出す名前ちゃんを横目でチラリと見る。
何を考えているのかよく分からないその横顔は、相変わらず整っていて年々美しくなっていくような気がする。
こんなに綺麗な人の横にいることが、たまに落ち着かなくなることもある。
せやけどやっぱり、名前ちゃんの隣が一番落ち着くわ。
変わらない安心感の中でゆっくり目を瞑ると、瞼にかかる髪を名前ちゃんの指がそっと払ってくれるのがわかる。
反応する間もなく緩い眠りが落ちてきて、ボクは深く意識の底に沈んでいく。
「翔くん、ついたよ」
「…ん…う…」
ゆっくりと目を開けると、フロントガラスいっぱいに痛々しいほどの緑が揺れていた。
見慣れた景色に、線香の匂い。
久しぶりに来た。
「…名前ちゃん、キミて人はほんまに…」
「お母さんに報告行かなあかんやろ、翔くんこないに立派になったんよって」
ホラはよ行こ、と先に車を降りる名前ちゃんの後を追う。
いつの間に買ったのか墓前に供えるための花を持っているのを見て、敵わんなァ、と思う。
彼女の手から花を取って、空いた手を繋いだ。
結局ボクはこの子にきっかけ貰とるし、と苦笑する。
何?と顔を覗き込んでくる彼女に、後で言うわ、と小さな宣言をした。
母さん、ボク、この人と結婚するんや。
めちゃめちゃカッコええ子ォやけど、ボクも負けてないで。
何よりも、この子に選んで貰えたことがボクの誇りやわ。
ボク、ちゃんと幸せやよ。
安心してや。
「名前ちゃん、ボクと」
続きは彼女だけに。