もっと
もう、お前いらネ。
どうしてあの時、あんな事を言ってしまったのか。
どういう話の流れで、何を思ってそう言ったのか思い出せない。
俺がどうなっても、トクベツじゃなくなっても、認めて受け止めてくれるという事を、確かめたかったのかもしれない。
宙ぶらりんでも、受け止めてくれる手があれば、俺は俺という存在を感じられたから。
なにがあっても、時間が過ぎても、きっと変わらないと無邪気に信じていた。
ずっとそこに、俺だけの為にあると思っていた。
なんて残酷な思い込みだと思う。
要らない、なんてそんな、思ってもいない事を口にした時。
目の前で細い肩が震えていたのを、よく覚えている。
まずい、と思った。
それであの時初めて、あぁそうか好きだったんだ、と自覚して、その瞬間もう終わってた。
もう5年も前の話だ。
本当は、本音は、もっとずっと側に居たかった。
笑った顔を見ると心臓が早くなったり、何となくいつも姿を探して、見つけると嬉しいと思ったり。
そういう色鮮やかな時間を、気持ちを、あっさり捨ててしまった。
俺は高校以降、地元から離れた。
あれ以来名前には会っていない。
アイツは東京の大学に行ったらしい。
進学する少し前、実家に帰った時、母親からその話を聞いた。
俺たちのそれぞれの時間は、お互いが居なくても、滞ることなく、揺るぎなく、着々と流れている。
だから、今俺がしようとしている事は、自己満足以外の何物でもない。
だけど。
・
『Re:靖友だけど
番号変わってねぇの?
暇なら電話してぇんだけど』
スマホを両手で持って、送られてきたメッセージと、空白の返信画面を睨む。
本当、自分勝手な奴。
腹が立って、舌打ちをする。
嫌いになりたいと、ずっと思ってた。
靖友の嫌なところを沢山並べて、言われた酷い言葉を反芻した。
だけど思い出せば出す程、靖友のいない色褪せた世界が寂しくて。
とはいえ、5年だ。
決して短くは無い時間。
大学生になった。
自分に合う化粧を知って、髪だって、ばっさり切った。
好きな香水だって見つけた。
背も伸びたし、服の趣味も随分大人っぽくなったと思う。
友達の紹介で知り合った、背が高くて格好良くて優しい男の子とも良い雰囲気になって、もう少しで付き合う所まできてた。
やっと、忘れられそうだと思ったのに。
握りしめていたスマホが、不意に震える。
戸惑って、出るか迷って、結局通話ボタンを押した。
「…はい」
「…出んのかヨ」
「電話してきといて、何よ」
「ハッ!そりゃそうだ」
久しぶりに聞く、靖友の掠れた声が耳に響く。
昔より優しくて、柔らかくなった声。
スマホを持つ手が震える。
跳ねる後ろ髪を押さつけて、鼓動を落ち着かせようとするけれど早くなっていく一方だ。
「久しぶりィ」
「久しぶり…なに、急に」
「いや…どうしてっかなァと思って」
「…何それ」
何を言うか迷った挙句、出た言葉は可愛げのない一言。
嬉しい、むかつく、大好き、大嫌い。
矛盾した感情がぐるぐると回った。
「ッセ!良いだろ、別に。急に声聞きたくなったんだヨ」
悪りィかよ、と吐き捨てるように電話の向こうで、靖友が言う。
何よ。
何でそんなこと言うのよ。
近くにあったクッションを抱え込んで、言葉を噛み殺す。
本当は好きだったとか、離れてた間もずっと見てた、とか。
絶対。
絶対に言ってやらない。
素直になんか、なってやらない。
「…私の声くらい、聞こうと思えばいつでも聞けるよ。こうやって」
「…ウン…連絡するワ」
器用じゃない、不恰好で、下手くそな恋。
苦しいだけなのかもしれない。
だけど。
また傍にいられるなら、きっと私は何だってしてしまうんだろう。
もっと、ねぇ、もっと一緒にいたかったんだ。