御堂筋翔という男


目立たないタイプの大人しい男の子、というのが御堂筋翔への最初の印象だった。
口数の少ない静かな子で、いつもその大きな身体を窮屈そうに、きちんと自分の席に収めて座っていた。

男子高校生というものは兎角騒がしい生き物で(騒ぎながらちらちらと周りを気にしている彼らを見ているとぞわぞわする。そういう感覚を共感性羞恥というらしい)、時折その騒がしさに辟易する。

しかし斯く言う私も女子高生であり、男子高校生と同じく、周囲を観察し、また周囲に見られている自分を過剰に意識しつつ、どうにかこの同じ制服を着た集団に紛れようと努力をしているという点では、彼らと何ら変わらないのである。

兎も角、御堂筋翔の存在は私にとって稀有な存在であった。
気になり出すと、その違和感が嫌でも目につくようになる。

同じ見た目、同じ言葉、同じ思想。

"同一"至上主義である17歳の文化に於いて、それが冷静に見れば如何に滑稽なことであっても、皆が良しとすればそれは良いのだ。
例えそれが人前で馬鹿のように大声を出したり、汚い床を転がったりするような、愚かな行為であったとしてもだ。

ところが御堂筋翔は、馬鹿のように大声を出すこともなければ(それどころか、1日のうちに一言でさえ発さないこともあった)、友達と床を転がるような愚かしい行為も(そのような行為をしている級友に目を呉れることもない)するような人物ではなかった。
だからといって、優等生とか、虐められっ子とか、そういう集団の中での役割を担っている訳でもない。

御堂筋翔を観察し始めて気がついたのは、その違和感の原因だ。

御堂筋翔は凪いだ水面のように静かだった。
否、静か過ぎるのだ。
ただじっと何かが過ぎ去るのを待っているかのように。
御堂筋翔という存在を皆あまり気にしない。
あんなに大きくて、歪な形をした、不自然な有様なのにも関わらず。

如何にも異質。
それでいて目立たない。
その面妖さに、何故誰も引っ掛かりを感じないのか、甚だ疑問である。

有り体に言えば、観察を進めているうちに御堂筋翔は私にとって"気になる存在"となった。


「そう?別に普通の子ぉやん」

あっさりとこう返したのは、私の親友である。(彼女は非常に常識的で健全な女子高生を見本にしたような女子で、私の手本でもある。私が何とかこの集団に違和感なく紛れていられるのは、彼女の側にいる影響も大きいだろう)

こっそりと御堂筋翔について打ち明けてみたが、彼女はその違和感を何も感じないらしかった。

「え、ていうか…名前もついに…?」

何か言いたげににやつく親友を見て、私は顔を顰めた。

この手の話題が私は苦手だ。
人の恋路の話を聞いてもどう共感すればいいのか分からないし、勿論自分自身に語るべき恋愛譚も持っていない。
何故何でも彼でも、その方向に話を持っていきたがるのだろう。

「嘘、嘘。ごめんって。
ちょっとからかっただけやん」

私が抗議する前に、彼女がくすくすと笑った。
私は彼女のこういう、気さくなのに察しのいい所がとても気に入っている。

この時御堂筋翔についての話はこれで終わり、ただ私の中に"気になる存在"として御堂筋翔が残っただけとなった。

その後特に私から御堂筋翔のことを話題に出すことはなく、誰とも共有することの無い観察をその後も独り黙々と進めていった。

彼女から再びその名前を聞いたのは数ヶ月後、年が明けてもう2月も半ばに差し掛かろうかという頃であった。

御堂筋翔はというと、衝撃の変貌を遂げて(突如金髪ソフトモヒカンに学ランという激しめのイメージチェンジをした事で周囲からは明らかに浮くことになったが本人は平然としていた)それから更に暫くが経っていた。
最初は騒いでいた周囲も、次第に興味を無くし今や誰も気に留めなくなった。


「ねぇ、前に名前が御堂筋くんのこと話してたの覚えてる?」

こう切り出した彼女の表情に、私は思い当たる節があった。
嫌な予感がする。

「名前は御堂筋くんのこと、その、好きとかじゃないんよね?」

彼女は恋に堕ち易い。(だからといって特に弊害はない。何故なら彼女に惚れられた相手もまた、彼女に惚れることになり、結局はウィン・ウィンの関係になるからである)
特にイベントの前になると、そのタカが外れるらしかった。
2月。
彼女の言葉を借りるならば、"乙女にとっての一大イベント"である、バレンタインデイは正に今日である。

息を詰め、重要な告知を聞くかのような真剣さの彼女に、御堂筋翔にそういった感情を抱いている訳では無いことを伝えると、彼女はほっとしたように微笑んで、よかったぁ、と零した。

「実はね、御堂筋くん、ええなぁって思ってて…。
チョコ渡したいんやけど、その…」

言いにくそうにしつつ、私の表情を伺うようにして見てくるその顔を見て、嫌な予感が的中することを予見する。

「今日日直、名前と御堂筋くんやん?
何かのタイミングで、今日夜8時に○○公園に来てって、御堂筋くんに伝えてくれへんかな?」

案の定、いつもの伝書鳩の役割を頼まれて、うんざりとした気持ちになるが、勿論そんな顔はしない。

けれど、彼女のこのような感情が私には理解できない。
結局その待ち合わせ先で話すことになるのに、何故今ここで声を掛けられないのだろうか。

そうは言っても結局断りきれずに、私はその役割を引き受ける。
いつもの様に。


聞けば、ギャップが良かったのだそうだ。
普段物静かで、更に最近は珍妙な出で立ちになった御堂筋翔が、実は優しい人物であったというエピソードを、あれやこれやと話して聞かせてくれた。

私は不思議に思う。
いつも観察している御堂筋翔の像と、彼女の話す御堂筋翔には、あまりに隔たりがある。

彼女の話では、"あの"御堂筋翔が恋愛相談に乗ってくれたとか何とか。
正直言って信じ難い。


.


「日誌、書こか」

茜の差す放課後の教室で、日直の仕事である掃除を終えた後私と御堂筋翔は向かい合って座っている。

言わなければ。

御堂筋翔が日誌を開いて、丁寧な動作で筆箱からシャープペンシルを取り出すのを見ながら、今日課された自分の使命を思う。

「あの、御堂筋くん」
「なん?」

サラサラと日誌を埋めていく動作を見て、繊細な字を書くということをまた新たに発見した。

「佐藤さんなんやけど」
「サトウ?誰ェ?知らんけど」

私は耳を疑う。
いや、真逆。

「あぁ…ハイハイ。
キミィ…苗字サンといっつも一緒におる人ォ。思い出したわ。
でェ?それが?」

ぞんざいな言い方に戸惑いつつ、しかし、いつも観察している御堂筋翔は今目の前の彼だと確信する。
親友から聞いた御堂筋翔は、じゃあ一体何だったのだろう。

取り敢えず託された伝言を伝えるべく、私は口を開いた。

「バレンタインチョコ渡したいから、夜8時に○○公園に来て欲しいって」

自分がする約束でもないのに、変に動く心臓が煩わしい。
数ヶ月の間観察していた御堂筋翔と、こんなことを話すのは違和感でしかなかった。

一瞬の間が流れて、御堂筋翔の肩が小刻みに震えだした。
それが笑いを噛み殺した末の震えだと気がついた時には、既に彼は声を上げて嘲笑っていた。

「…プッ…!ブククク…!キモォ…!
なんやのそれ、プククク…キモッキモッキモッ!」

私は吃驚して目を見張った。
今まで観察していて、こんな風に感情を顕にした御堂筋翔を見たことがない。

「いやァ、ホンマにキミィのオトモダチィ、キモいなァ?」

尚も背を曲げて笑いながら、御堂筋翔は息も絶え絶えにそんな事を言う。

「ごめん、全然読めへんのやけど…。
彼女と御堂筋くん、最近仲良くしてたんやなかったん?」

混乱する頭で絞り出した私の間抜けな質問は、御堂筋翔に鼻で笑われた。

「はァ?仲良くゥ?なんやそれ。
あの人がやたら話しかけてくるもんやから、当たり障りなァく返しとっただけや」

私は妙に納得してしまう。

そうなのだ。
私がずっと観察してきた御堂筋翔は、女子高生と愉しげにお喋りをするような人間ではない。
けれど、今目の前で喋っている彼もまた、今まで見てきた御堂筋翔とは印象が違う。


「…あァ、でも」

何かを言いかけた御堂筋翔を見ると、さも面白そうにうっそりと笑っていた。
その笑顔が近づく。

「オトモダチィからオモロい話は色々と聞けたわ。
キミィ、ボクゥにえらい興味があるみたいやねェ?」

ゆらり、と御堂筋翔の細くて長い手が、身を引こうとした私の手を机に押付けて、その場に縫い止めた。
机越しに、御堂筋翔の長い体躯が伸びてくる。

「別にィ、責めてるわけやないんやよ。
ボクゥもキミィに興味あるしィ…。
単純に知りたいんやけど、キミィ…なんであのアホ女の言いなりなん?」

耳元で揺れる吐息より、触れた乾燥した手の冷ややかさより、その言葉が、私の脳を揺さぶる。

「ボクゥ、優しいィから教えたるよ。
キミィなァ、あの女にええ様に遣われとるだけやよ?
あの女にとって、キミィが都合がええから側におるだけや。
あァでも、それはキミィも同じか。
そやけどォ、やっぱりキミィの方が分が悪いなァ。
ええ様に利用されとるのは、キミィの方やもんねェ。
尤もキミィのことや、気ィ付いてるんとちゃう?
それとも何ィ?
そういう関係がキミィらのいう、シンユウ、いうやつなん?」

気がついたら懇親の力で、後ろにあった机ごと、御堂筋翔から身体を離していた。

「どないしたん?顔、青なってるよォ?」

くつくつと喉を鳴らして笑う御堂筋翔に、私は怯える。

「あァ、夜8時やったっけェ?
ええよォ、行くわァ。
キミィと話しとって、ボクゥも、アー、そや、サトウサンに伝えたいことできたしィ」

何事もなかったかのように鞄に道具を詰めている御堂筋翔を見ながら、私は震える声を出した。

「伝えたいって、何、を」
「ア?決まってるやん」

かくんと首を傾げて、御堂筋翔が嗤う。

「ボクゥ、苗字サンのこと好きやからァ、キミィの気持ちは受け取られへんわ、堪忍なァって」

猫撫で声でそう言う御堂筋翔に、私は、止めて、と懇願する。
無駄な事だと分かっていながら。

案の定彼は可笑しそうにくすくすと嗤っただけで、軽やかな足取りで教室を出ていってしまった。



御堂筋翔のことを、ずっと観察して分かったような気になっていた。
けれど実際の彼は、想像していたよりずっと、恐ろしい人物だった。
触れてはいけないものに、私は触れてしまったのだ。
これから先私はー。
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