写真
「写真?」
「そう。手嶋くんの写真」
カメラを持ったまま、真顔で頷く彼女の顔をまじまじと見て、手嶋は頬をかいた。
なんで今?てか、なんで俺?
卒業の別れの日とか、せめて何かの行事の時に気持ちが高揚して、いつもは撮らない相手と写真を撮るのは理解できる。
それも一緒に撮るなら分かる、という条件つきでだ。
何も無い平日の放課後に、たまたま居合わせた教室で、まともに会話をしたことがないクラスメイトに、一方的に写真を撮られる理由が手嶋には思い当たらない。
いつも言葉の少ない友人と一緒に居るとはいえ、流石にこの状況は相手の意図を図り兼ねる。
図り兼ねるから、下手に詮索するのも憚られる。
何に使うんだ?とは聞きにくいし…なら…。
「よく分かんねーけど、いいよ。写真な。
でも折角だし、一緒に撮ろうぜ」
正直、1人で写真に撮られるのは嫌だし、拒否するのも気が引けるという思いで、結果、手嶋の口から出た折衷案に、彼女は暫く固まった後、小さく、お願いします、と言って近寄ってきた。
カメラを受け取って仕様を確認し、シャッターボタンに指を当てて、上から写す形で構えてみる。
「こんな感じでいいか…?
って、そこじゃ絶対入らないだろ。もっと近寄らないと」
横目で彼女を確かめると、何故か少し距離がある。
カメラを構えたまま近づくと、肩がトンとぶつかった。
何の気なしに、撮るぞー、と声を掛けてシャッターを押す。
「お、すげ」
シャター音と共に写真が吐き出されるのを見て、手嶋の声が弾んだ。
「これ振ると写真が浮かんでくるやつだろ。
俺、初めて見たわ」
テレビなんかで見たことはあっても、初めて触ったインスタントカメラと写真に興味を惹かれる。
手にした写真に像が浮かぶのをまじまじと見ていると、横からそっと彼女が写真を覗きこんできた。
睫毛なが…。
思わず写真より彼女の横顔に視線がいくと、
今になって認識した距離の近さが急に照れくさく思えてきて、慌てて写真を彼女に差し出した。
「ほら。結構上手く撮れたんじゃないか?」
なんでもないように取り繕って出した言葉がなんだか白々しく響いたように感じるが、彼女は特段気にした風でもなく写真を受け取って、嬉しそうに見返して顔をあげると、
「ありがとう」
と言って、少し上気した顔でふわりと笑った。
その明かりがぱっと点いたような笑い顔を、素直に可愛いなと思った。
この子こんなふうに笑う子だったのか、と少し意外に思う。
確か彼女とは昨年から同じクラスで、1年半は一緒に生活しているはずだが、そんなことに全く気が付かなかった。
結構、クラスメイトのことはよく見ていたつもりだったのに。
「おぉ。希望に添えたんなら、良かったよ」
「うん。大切にする」
自分が言った軽い言葉に、彼女が沁々と答える姿をみて、あ、と思う。
勘違いだろうか、いやでも。
ふと浮かぶ期待に、でも流されるには確信が足りない。
そんなワケねーだろ、と動揺を覆い隠して、彼女から距離をとった。
「じゃ、俺、行くわ」
「あ、うん。ごめんね、引き止めて」
再度、ありがとう、と笑った彼女に手を振って教室の出口に向かう。
最後にちらりと、まだ自席にいる彼女を盗み見たら、夕日の茜の中、大切そうに手帳に写真を仕舞っているところだった。
綺麗な横顔が照らされて、今にも嬉しくて笑いだしそうな顔で微笑んでいて、それで…ー。
それで?
「…いや…いやいやいやいや…ちょ、え、マジかよ」
体温が上がる。
呼吸が浅くなって、息が上がっていく。
廊下を早足で歩きながら、口元を抑えた。
教室でのやり取りを思い返して、また体温が上がった気がする。
自分の中で何かが芽生えた自覚と、彼女の気持ちに期待したくなるような、そんなふわふわした気持ちとで足が軽くなる。
結局、取りに戻った筈の電子辞書の存在も忘れてしまうくらい上の空になってしまった手嶋は、図書館で待っていた青八木に「純太、今日は帰った方がいい」と心配そうに声を掛けられて家に帰ることとなり、そのまま連休に突入して悶々とした休日を過ごすことになったのだった。
それから連休が空けて登校したら、彼女はいなくなっていた。
転校だった。
それも海外に。
転校してしまうまでクラスメイトには言わないで欲しいと、先生に頼んでいたらしい。
家の事情での転校という事で、彼女も思うところがあったのだろう、と手嶋は想像する。
廊下の窓からぼんやりと外を眺めて、小さく溜息を吐いた。
「…こんなことなら、写真、もう1枚撮っときゃ良かった」
「写真?」
「うわっ!!」
いつの間にか横に並んでいた青八木に気づかず、掛けられた声に驚いて大声を出してしまい、なんとなくきまりが悪い。
「い、いたのかよ、青八木」
「今、来た」
「…そうかよ」
脱力して窓枠にもたれ掛かる手嶋を、青八木がじっと見つめる。
「何かあったのか?」
青八木のストレートな問いに、手嶋も答えを探すが上手い返しが思い浮かばず、結局、「さぁ、自分でも良く分からないんだよ」と曖昧に笑っただけだった。
実際今感じている感情が、寂しさなのか、喪失感なのか、それ以外の何かなのか、はたまたその全てなのか、手嶋にはよく分からない。
まぁ、でも…いいか。
風に流されていく雲を見ながら、そんなことを思う。
彼女の手元に、思い出が残っている。
それは何か、とても大切なことに思えた。
数年後。
2人が再び、偶然に何処か別の街で出会うことになる…かどうかは、今は分からない。
だが、きらきらと光る、この儚い思い出は、2人の間を緩やかに繋ぎ続けるだろう。
「純太、行こう。授業はじまる」
「あぁ、そうだな」
息を吸って、手嶋は歩き出す。
夢のようなあの時間を、記憶に留めて。