そうなるようにできている


正直な話、彼じゃなければ誰でもよかったのだ。

起き抜けに身体を求めて擦り寄ってくる男を、もーやだぁと笑顔であしらいながら、頭ではそんなことを考えている。

日常の中で繰り返す恋愛ごっこを楽しみ、いくつかのイベントをクリアして、見事ホテルイン。
ゲームクリアである。

攻略まではよかった。
身体を許すのも、それはそれで新鮮で悪くなかった。

それなのに。

今はただとにかく、気持ち悪く感じる。
私に相手がいることを分かっていながら略奪に悦を感じているこの男も、結局はそういうものを見透かしてうまく利用しただけの私も。

早く、帰りたい。

思い出すのは、翔くんの浮き出た背骨や、美しい形の腰骨や、鎖骨の冷たさだ。
あぁ、一つ一つ唇で確かめたい。
翔くん、翔くん。
なんだか、私、随分遠くまで来てしまったみたい。


「ねぇ、もしさ、君にとっての大事な人と、私の意見が食い違ってさ、どちらかの意見をとらないといけないってなったら、どうする?」

できる限り、軽い調子で、細心の注意を払って、なんでもないことのように聞く。

「んー?そうだなぁ」

恐らくただのピロートークだと思っている男は、のんびりと考えを巡らせている。

「両方の意見を聞いて、正しいと思った方の意見をとるかな」

違う違う、そうじゃない。
私の中の模範解答と照らし合わせてがっかりする。
勿論、その模範解答は“翔くんなら”。
この人は気づいていない。
私が、今まで何度も何度もしてきたくだらない質問の数々は、私の中の模範解答と比較する為のものだということに。

ふっと笑って起き上がり、床に落ちた衣服を拾い集める。
一つ一つ身につけていき、最後にピアスをつける。
今は遠い、彼に買ってもらったシンプルなダイヤのピアス。
そっと撫でると、キラッと耳元で光る。


「次はいつ会おうか?」

気づいたら背後に男が立っていて、首筋に熱が触れる。

「んー、次はないかなぁ」

近づいてくる唇に仕方なく応えて、できるだけさらりと言ってのけた。
あぁ、煩わしい。

「え?どういうこと?」

状況と合わない私の言葉を飲み込めない様子で、ぽかんと口を開けた顔を見る。

「んー、そのままの意味だけど」

いい加減気づいてほしくて、鈍さにイライラする。

「じゃ、私先に出るから」

おい、待てよ!と背後から追いかけてくる声は間抜けで、やっぱりそこでも、翔くんならと想像してしまう。




「ただい、ま」
「おかえりィ」

リビングからひょこと覗く愛おしい顔を見る。

「翔くん、いたの」
「おったら悪いん?」

いいに決まってるよ、そう言いながらソファにドサッと荷物を置いて、チラリと盗み見たつもりが、頬杖をついて私を見る瞳に囚われる。

「名前」

逆らえない。
不思議な引力があるみたいに、私の身体はするすると彼に吸い寄せられる。

「なんや、今日の名前ちゃん、綺麗やなァ」

どこかで、何かしてきたん?

見下ろす私に彼の表情は見えないけれど、おおよそどんな顔をしているのかは検討がついて、それに私はゾクゾクしてしまう。
すらりと指が首筋をなぞって、私の心と一緒にシャツのボタンが一つ、もう一つ、外されていく。
見て欲しい、見て欲しくない、でもその気持ちまで全て見てほしい。
強烈な矛盾で、心臓も、頭もパンクしてしまいそう。

「あーららァ」

ぱさりと布が床に落ちる乾いた音がする。

「こら、また」

戯れにつけられた赤い痕が、胸元に落ちている。
拒否することもできただろうが、私はしなかった。
多分、こうなることを期待して。

「でェ?」

下からゆっくりと覗き込まれる。
少しも笑っていないその目と、大きく笑みの形をつくる薄い唇を見た。

「キミィはどうしたいん?」

あぁ、やっぱり。
彼は細部が美しい。

「これ、消し、て…」

翔くんがあまりに綺麗で、たまらなくて、途切れ途切れの声でなんとか伝える。

「最初からそう言えや」

ほんま、手ェのかかる子ぉやわァ。

その声に溺れて、私は全てを手放した。





「ねぇ」
「ん」
「もしさ、翔くんにとっての大事な人と、私の意見が食い違ってしまったとして、どちらかの意見をとらないといけない状況だったら、翔くんならどうする?」

私は細心の注意を払う。
なんでもない質問のように。
できるだけ軽やかに。

「でた、キミィのその、嫌味な質問」

ほんま、キモいわァ。

見透かされて、私は首をすくめる。
そう、これが、模範解答。

「大事な人て名前ちゃんしかおらんのに、食い違う意見がないわ」

背中越しにふいにそんなことを言うものだから。

「うん、そうだよね」

恋い焦がれたその美しい造形の背骨に口づけをする。
翔くんの身体がひくりと動いた。





脱力して抜け殻のように眠っている彼女を見る。
点々とついた赤い痣は、彼女自身に強請られてボクがつけた。

完全に分かるまで、いくらでもフラフラしたらええよ。

これは彼女の悪足掻き。
何をしたところで、結局、ボクのとこ戻ってくるのに。
そんなこと、分かりきったことだ。

アホやなァ。
そもそも、キミィみたいな訳の分からんバケモン、普通の感覚の人間には無理や。

「キミにはボクしかおらんのやよ」

だって、そういうふうにできてるんやから。
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