ダイエット宣誓


「名前」

聞き慣れた低くて深い声。

「なにやってんの」

呆れた声が後ろから聞こえてきて、ゆっくりと振り向いた。

「銀ちゃん」

開け放った扉の端に寄りかかって、腕を組んでこちらを見下ろす目と視線が合う。

「なにって、ヨガ」

『はぁい、そのままゆっくりと、仰向け英雄のポーズ』

テレビの中のインストラクターが、のんびりとした声を出す。
あわせて私も、ゆっくりと仰向けになる。
身体が伸びていく。

「なんでまた、急に」

ソファに座りながら、銀ちゃんがこちらを見た。

「なんでって…」

理由を説明しようとしたところで、再びインストラクターの声。


『続いて、猫の伸びのポーズ』

よつん這いになり、お尻をぐーっとあげていく。

「なんかエロっ」
「うっさい」

銀ちゃんの視線を感じながらも身体に意識を集中させる。


『そのままー足を持って天井に向けまーす。
足を頭の上に降ろしてー。鋤のポーズ』


インストラクターの指示通りに身体を動かしていく。
一瞬でも気を抜くとバランスを崩しそうだ。


う、これは結構、キツいかも…。


そう思った時だった。

「いてて…わぁ!」

慣れないポーズでバランスを崩して、首があらぬ方向へ曲がった。


首折れる、首!


慌てて体制を立て直そうともがいているところに、

「っと、あぶね…」

耳元で低い声。


「だぁから、言わんこっちゃねぇ。慣れんことするもんじゃないよ」
「…だって」

すっぽりと銀ちゃんの腕に収まったまま項垂れる。

「最近太ったって銀ちゃんが…」
「おまっ…まだ根に持ってやがったのか…。大体あれはおめーが」
「でも本音じゃん、あれが」

つい先週の会話を思い出す。



太ったかも…

いいんじゃね、別に。

え?否定はしないの?

女はちょっと肉付きがいいほうがいいと思うよ、うん。

遠回しに太ったって言ってる?ちょっと!ねぇ!

あーもう、うるせーうるせー。



結構なショックだったのだ。
いや、やばいなとは思っていた。
思っていたが、銀ちゃんに付き合って甘いものを食べていたら、こんなことに。

「大体なんで、銀ちゃんは太んないわけ?
そんな自堕落な生活送ってるのに。ずるいよ」
「ずるいったってなぁ…体質だから仕方ねぇだろ」

上を見上げてため息を吐く銀ちゃんが、私の頭に顎をのせる。

「だから、気にすんなって」
「だからの意味が分かんないだけど」

思いっきり不機嫌な声を出してみせれば、銀ちゃんが頭をガシガシと掻いた。

あ、面倒くさい時の癖。

銀ちゃんが、こういう女の子の細かいやりとりが嫌いなことを私は知ってる。
きっと次は話を強引に切り上げてくるにちがいない。

「あー…だから…」

ホラ、切り上げの準備だよ。

くっと身体に力を入れて次の言葉を待つ。
どうせまた私は独りでうじうじ悩むしかない。


「そのまんまのおめーがいいって、言ってんだよ」
「え」

今なんて?

信じられない気持ちで、銀ちゃんの顔をみれば耳まで真っ赤。

「なんつー顔してんだ、おめーは」
「…いや、そっちこそ」

顔が熱い。
ドクドクと血が動くのが分かる。
気不味すぎる。

「…ちょ…何コレ!やだコレ!甘酸っぱい!痒いんだけど!」
「うるせー。ちょっと黙ってろ」

立ち上がろうとしたところで、後ろにぐっと引き戻された。
銀ちゃんの顔が私の顔のすぐ側に。

え、なに!何コレ!
このまま襲われちゃう的な?!我慢できない的な!?

「やっ!ちょっ!いまは!」

軽くパニックになりながら、でも満更でもないような気持ちで慌てて身を捩る。
そんな私の身体を、銀ちゃんの力強い手ががっしり掴む。

「…や、ちょっ、名前ちゃん、あんまり動かないで」
「…へ?」

すぐ側にある顔をみると真剣そのものの。
心なしかじっとりと汗が滲んでいる。


「…腰、やっちった」
「え、うそ」
「いや、マジ」
「うそ」
「いや、マジ、助けて、コレ。マジでコレ」



痩せよう。



強く心に誓った。


fin
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