レオンと世界を救いに行く
私は忘れない──。
あの惨劇を、この手で奪った家族の命を。
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「新入りが来るって?」
「あぁ、なんでも軍の訓練所を首席で卒業したんだとか」
「へぇ、そりゃ凄いな」
政府からの誘いで政府直轄のエージェントになるべくレオンは日々過酷な訓練を続けていた。その生活が4年目に差し掛かった頃、その女はやってきた。
「名前・苗字です。よろしくお願いします」
教えこまれた佇まいで敬礼をした女は女性というには幼さの残る顔立ちをしていた。しかしその可愛らしい顔は、まるで精巧な機械人形のようだった。
名前は噂通りの優秀な人物だった。女であり体格に恵まれないため、接近戦は不利という弱点はあるが、それを補って余りある射撃の腕前なので体格と性別のハンデを全く感じさせない。
最初こそ評判は眉唾だと鼻で笑っていた男たちも、この過酷な環境で生き残る彼女に一目置くようになっておりレオンも例外ではなかった。
そうして名前が来て半年が経った頃、レオンはたまたま彼女があの"ラクーン事件"の生き残りだと知ったのだ。
「まさかレオンもラクーン事件に関わっているとは思いませんでした」
「お互い様だろ」
「それもそうですね」
訓練後、小洒落たビストロで2人は食事をとっていた。ジュワッとしたステーキを小さく切り分けながら、名前が確信をもってレオンへと問いかける。
「この仕事についたのはラクーン事件が原因ですか」
「政府からスカウトされてね。今度こそ人々をバイオテロの脅威から守りたい」
「素晴らしいですね、」
「君だって似たような理由なんじゃないか?」
「どうでしょう。少なくともレオンのような正義感ではないかと──あの地獄を生き残った私には戦う義務があると、そう思っているだけです」
「十分だろ」
聞けばどうやら当時女子高生だった彼女はS.T.A.R.S.隊員のジル・バレンタインに保護され、一緒にラクーンシティを脱出したそうだ。その後は自ら軍の訓練に志願し、以降の経歴は知っての通りだ。
名前がグッとワインを飲み干す。その目は先程よりもとろんとしていて、アルコールが回ってきたのが伺えた。
「わたし、ジルに保護されるときまで家にいて…父と母が感染したんです。やらないとわたしが死んじゃうから、わたしは二人を撃ちました。両親をこの手で殺して、放心状態で動けなかったところをジルに拾ってもらったんです」
アルコールのせいで舌足らずになってはいるが、その言葉は後悔に満ちていた。第三者から見ても、状況を考えれば仕方の無いことだ。あの場では誰もが自分の命を守るのに必死だったのだから。だがしかし、そう簡単に割り切れるものでもなく、もう何年も経つというのに未だにその日に囚われたままでいる名前に、レオンはあの日手のひらからこぼれ落ちていった多くの命を思い出し胸が痛くなった。
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「おい、しっかりしろ」
「平気れす、」
結局あの後名前はしっかり酒を飲み、レオンが支えなければ真っ直ぐ歩けないほどに酔っていた。肩を支えながらレオンはこいつこんなに酒癖悪かったのかと呆れたが、彼女はまだ21歳、飲み慣れていないのだと思い直した。
「まだ夢にみるんです、」
ふらふらと歩く名前がレオンのジャケットを少し握る。その手は小刻みに震えていた。
「おとうさんじゃなくなったものがわたしをたべようとする夢、あの時私、ちゃんとねらえなくて…くちのなかにじゅうをいれて──」
「もういい、名前。ここはラクーンじゃない、あれは終わったことだ」
「ねぇ、レオン、どうやったらわすれられるんですか、」
強くなって誰かを守れるようになっても両親を撃った音が、引いた引金の感触が消えない。心だけがあの日に取り残されたままだ。そしてそれはレオンも同じことだった。
今にも泣き出しそうな表情をした名前がレオンを見上げると、彼の心臓はズキリと傷んだ。なんとかしてやりたい、その一心で頭の後ろに手をやって支え、そのまま唇同士を重ねた。
「んん、」
酔って正常な判断ができなくなっている名前は身を引くことはなく、縋るように唇を押し付けてくる。これは同情なのか、お互いの古傷を舐め合うような行為なのか、どちらにしたって間違いだ。けれどレオンは最後までそれに応えることにした。
そのまま近くのホテルに行き、シャワーも浴びずベッドに雪崩込む。少々手荒く名前をベッドに組み敷いて馬乗りになった時にはレオンにも理性なんてものはとうに無く、熱に浮かされた頭で縋っているのはどっちなんだかな──と自嘲し目の前の訓練で傷だらけの脇腹に触れた。
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「ん、う、頭いた…」
翌日、ガンガンと頭の中を直接殴りつけるような激しい頭痛に顔を顰めながら名前は起き上がった。ここはどこだ?昨日は何をしていた?昨夜の記憶を辿る。
確か先輩であるレオンが、自分と同じあのラクーンシティを襲った未曾有のバイオテロからの生還者だと知り食事に行って、お酒を飲んで──。そこまで考えたところで手のひらが温かな温もりに触れた。
「うそでしょ、」
訓練中の抜き身のナイフのような鋭い表情が嘘のようにあどけない顔で眠る美丈夫と衣服も下着も全てを取り去っている自分の姿に名前は頭を抱えたくなった。
目下広がるレオンの美しさたるや。サラサラの金髪に整ったルックス、過酷な訓練で鍛えられた肉体はどこをとっても隙がなく美しい。こんな状況でもなければ見惚れていただろう。
今日は休養日として訓練は休みであり、昨晩のレオンとご飯は前々からの予定だったのでお酒を飲んで夜遅くなってもいいように外泊届は出してあったが、こんなつもりではなかった。完全にやらかしている。
「レオン、レオン、起きてください」
とりあえずこのまま途方に暮れていても埒が明かない。彼を起こして迷惑をかけたことを謝ろう。そしてあわよくば無かったことにしよう。
自分たちが毎日過酷な訓練に耐えているのは恋愛にうつつを抜かすためではない、彼だって一夜の過ちとして処理された方がいいだろう。
薄らとアメリカ人らしい碧眼が開く。レオンはどういう反応をするのか。「おはようございます」と緊張した面持ちで名前は声をかけた。
「おはよう。二日酔いは?大丈夫か?」
「へっ!?あ、二日酔いはありますが問題ありません」
怒られるか小言を言われるか、何かしら言われることを予測し構えていたのにも関わらずいっそ不気味な程に普通なレオンの様子に名前は困惑していた。
「あの、レオン。昨夜は──」
「ストップ、謝らなくていい。誘ったのは君だが、最後まで付き合ったのは俺の意思だ」
それはどういう──言い終わる前に腕を引かれ、名前はレオンの厚い胸板に飛び込む。
名前がレオンを押し倒しているような体勢だが、その彼女の腰はレオンの太い腕でがっちりホールドされていた。美しい顔で視界がいっぱいになる。
「朝が来たら言おうと思っていた──名前、ラクーンシティでのことは俺も忘れることなんて出来ない。きっと一生この後悔は抱えていくんだろう」
「……はい、」
「だからこそ、俺は強くなる。今度こそ全てを守り抜けるくらいに──名前、一緒にやろう」
二つの青が至近距離で名前を捕らえて離さない。レオンの言わんとしていることが分かり、名前は目の奥が熱くなった。
「私、今度こそ守れますかね…?」
「できるさ!なんたって二人一緒だ!」
───。
──。
使い込みすっかり手になじんだ愛銃にちゃんと弾が入っていることを確認して左脇のホルスターへ。レオンがいればあまり出番はないだろうが、ナイフは腰のホルスターへとしまう。そして、それらの装備を隠すように上着を羽織った。
隣では同じように真剣な表情で装備をチェックしているレオンがいる。
耳元で通信を知らせる電子音が鳴った。
<コンドル1、コンドル2──応答せよ>
「HQ、こちらコンドル1」
「同じくコンドル2、これより現地警察の協力を仰ぎターゲット"アシュリー・グラハム"の捜索へと向かいます」
耳に付けたインカムから聞こえてくる頼れるバックアップ、ハニガンの声に応えながら歩き出す。
<了解──レオン、名前、気を付けてね>
無言で差し出されるレオンの拳に、名前も同じものを重ねた。