五条悟と呪詛師


企画サイト「 アイの形を教えてよ 」様に提出させていただきました。
※呪詛師夢主、死ネタ

/

「こんばんは、おにーさん。可哀想な家出少女を拾ってくれませんか?」

夜の闇の中で、ネオンの煌めく摩天楼の下に立つ少女。男なら誰だって釣れるだろう完璧な笑顔の裏で、僕には彼女が声を殺しながら泣き叫んでいるように見えた。


/


初めて人間を呪霊に変えたのは11歳のとき。変えたのは──父と母だった。
クソみたいな家に産まれて、ろくにご飯も与えられず育った。親に育児放棄された憐れな子供、誰だって関わりたくないだろう、私だってそうだ。学校にも、家にも、私に居場所はなかった。それでも当時は、例えクソみたいな両親でも私は確かな愛情を持っていたのだ。
それが憎しみに変わったのは11歳のとき。借金に首が回らなくなり、両親は私を差し出した。私は見た目だけは母に似て良かったから、幼女趣味の客がたくさんつくだろう、そう言って。
これから先も、私はこうして食い物にされるのだろうか。下卑た笑いを目にしたとき、湧いたどす黒い殺意。

物心ついた頃には普通に見え、地獄みたいな日常に溶け込んでいた"それら"と、それと関わりがあるだろう私が持って産まれた"術式(ちから)"。誰に教わらなくとも、使い方は分かった。
私の術式、<人を呪霊に変え、使役できる>。

殺意が囁くまま、両親をその手にかけ、呪霊に変えた。彼らの死に際の顔なんて覚えてない。覚えているのは、両親を呪霊に変えたときの解放感と、両親だった呪霊をいたぶって殺したときの高揚感。それだけ。

そこからの生活も変わらず地獄、まあ、私を踏みつけようとしてくる両親がいないだけ幾分かマシだったけど。
結局人を呪いたい人なんて、山ほどいるのだ。そんな人達を相手に無害な顔して話を聞いて、彼らが望むまま、呪い殺してやる。
罪悪感?そんなの依頼する方が悪いんじゃん?私はただ、お金と引き換えにお願いを聞いてあげただけ。だって人間、お金がないと生きられない。私は自分の特別な能力を有効活用してるだけだ。
そんな呪詛師というらしい本業の傍ら、私は道端で男の人を引っ掛けては身体を重ねた。理由は──愛されたかったのだと思う。けれど結局、その実感は得られないまま、勝手に期待して失望して、最後は彼らを呪霊に変えた。

そんな生活を続けて6年、17歳の冬にその人と出会った。新雪のように白い髪の、空より蒼く透き通る瞳のうつくしい男の人。汚い私の世界に迷い込んだ、きれいな人。

「こんばんは、おにーさん。可哀想な家出少女を拾ってくれませんか?」

単刀直入に言う。男の人、ゴジョウさんはそれはそれは優しく抱いてくれた。触れるときはガラス細工を触るように、犯すときは少し乱暴に──まるで、愛されているように。

「ゴジョウさんは、何をしてる人なの?」
「僕はね、学校の先生をしてるんだよ」
「先生が、女子高生と昼間からパンケーキ食べていいの?」
「いいのいいの、僕最強だから」
「あは、何それ〜」

身体だけじゃない。ゴジョウさんは今まで私が行かなかったような場所にたくさん連れていってくれた。インスタ映えするパンケーキのお店、煌びやかな洋服が並ぶセレクトショップ、テーマパークに水族館。
はしゃいで、笑って、叫んで、くたくたになった私を、ゴジョウさんは今日も懐に招き入れてくれる。こうしてれば、この腕の中にいれば、いつか私はどこにでもいる普通の女の子になれるんだろうか。この世で一番美しい人の腕に包まれながら、そんな馬鹿な夢を見た。


/


久しぶりに舞い込んだ呪詛師としての仕事。夫を殺したい妻からの依頼──ほらね、やっぱり世界は汚い。私が殺した人間だったものを、ぐちゃぐちゃと汚らしく咀嚼する呪霊、その光景を無感情に眺めていた。カツン、革靴の音。悠然と立つゴジョウさんを振り返った。現行犯逮捕だ。

「名前ちゃん、」
「…あは、捕まっちゃった」
「なにか言い残すことはある?」
「そうだなぁ、あ、いっこだけ、」

ゴジョウさん、ゴジョウさん。私、本当は最初から知ってたんだよ。ゴジョウさんが"あの"五条悟だって。知ってて、知らないフリして近付いたの。何でだと思う?
私は、私を終わらせて欲しかった。だって私の世界は何をしたって、汚いままで──でも何よりも汚かったのは、自分。たくさん、たくさん殺したクセに、もっと早く五条さんと出会いたかった──そんな救いを私は求めた。なんて、浅ましいんだろう。呪術師が、呪詛師を──五条さんが私なんかを愛してくれるはず、ないのに。

「ねぇゴジョウさん。何で優しくしてくれたの?私が呪詛師なの、最初から知ってたよね」
「……」
「だってその眼、見えるんだもんね?巷で噂の一級呪詛師だもの、誘いに乗るフリして裏路地に連れ込んでちゃちゃっと殺して、はいおしまい。これでいいはずなのに…」

何であんなにも優しく抱いてくれたの?
何で美味しいもの食べに連れていってくれたの?
何で手を繋いでくれたの?
何で…今、泣きそうな顔してるの?

「君を、殺すよ」
「うん」

五条さんは答えない。でも、それでいい。言葉になってしまったら、ダメになるから──悲劇になるから。あの日々は、虚構でなくてはならない。私たちは、敵だから。皮肉なものだ──皆まで言わない。これは喜劇でないとダメなの。
最後に唇に触れたぬるい温度。優しく触れただけのそれに、五条さんの答えを見た気がした。