シャンクスと踊り子・1日目


眠らない島「ローデン」──世界でも指折りの大歓楽都市である。その場所は世界政府の支配の及ばない治外法権の地だ。この都市においては、その者の名声も権力も意味をなさない。そういう土地柄か、政府要人から名のある大海賊まで娯楽を求めてやってくる…というのは表向きの顔である。
その裏では、決して表には出せない世界政府の取引なども行われている。ワノ国の諺に"壁に耳あり障子に目あり"というものがある。後暗いことというのはどこから話が漏れるか分からないものだ。とどのつまり政府側も絶対に情報の漏洩がしない取引の場が欲しいのだ。この島で起こる全ての悪事に目と耳を塞ぐことを暗黙のルールにすることを条件に、政府の権力の及ばない無法の島。
常夏の島「ローデン」──眩い光の裏に巨大な闇を隠す島。


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船首に龍を掲げた巨大な帆船、レッド・フォース号が港に乗りつけたのは太陽が最も照りつける昼のことだ。
シャンクスは綺麗に整備された港に一足先に降り立った。流石は政府御用達の大歓楽都市だ、どこもかしこも綺麗で新しい──いっそ不自然なほどに。しかし今回この島に娯楽を求めてやってきた自分には関係の無い話である。シャンクスは細かいことは気にしない性質だった。
道中手に入れた戦利品を金に代えるため、財宝をまとめる傍らでベン・ベックマンが紫煙をくゆらせながら声をかける。

「お頭、ログが貯まるまでは3日だそうだ」
「そうか、分かった。お前ら!3日間祭りだ!好きに過ごせ!」

ビリッとした、しかし楽しそうな声が空気を揺らす。シャンクスの号令にわっと湧き立ち、跳んで喜ぶ船員達。彼らは口々に言う。「流石お頭太っ腹!」「俺は女のとこ行くぞ!」「バッカ!まずは名物のカジノだろ、」「ここは酒場も有名だぞ!珍しい酒が多いって!」
最後、楽しそうな船員達に「カタギにだけは手を出すなよ」と釘を指し、シャンクスもまた歩き出した。


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「シャンクスって、あのシャンクス?」
「えぇ、街を歩いてたって!」
「えー、本物なの?」
「間違いないわよ!赤い髪に、左目に三本の傷!港に止まってる船も赤髪の船で間違いないって!」

空が薄暗くなってきた夕方頃、名前は唇に赤を引きながら、同じく身支度をする友人の声に眉をひそめた。

「手配書通りのすっごいいい男だって!あ〜ぁ、お店に来てくれないかなぁ、」
「何言ってるの、くだらない、」

うっとりと妄想に老ける友人に聞こえるようにため息を吐き、名前は身支度を再開させた。絹の糸のにも似たたっぷりとしたプラチナブロンドを綺麗に巻きポニーテールにまとめあげ、花飾りを付ける。腕と足には金の輪、身を翻すと揺れるヴェール。アラバスタ風の踊り子衣装に身を包んだ名前は、鏡で細部までチェックし、よし!と気合を入れる。

「ほら!早く支度しないと店に遅れるよ!」

未だにぼんやりと妄想にふける友人の頭を小突いてから立ち上がった。行ってらっしゃぁ〜い、間延びした声で自分を送り出す友人の様子に、あれじゃ店は遅刻だな、と名前はため息を吐いた。

数時間後──。日が完全に落ち、賑わい始めた酒場に赤髪海賊団御一行は顔を出していた。街一番の酒場と噂のその店は確かに広く、店の中央には円形のステージが備え付けられている。船員全員が来た訳ではないとはいえ、大所帯の赤髪海賊団を全員押し込んでもまだ席が有り余る。店内には既に出来上がっている客も大勢おり、アラバスタ風の踊り子以上に身を包んだ女たちが忙しなくしかし笑顔を絶やすことなく店内を動きまわっていた。流石は街一番の酒場、なんとも雰囲気のいい店だ。

「ははっ、賑やかだな」
「アンタ!赤髪のダンナだろ!」

がはは、真っ赤な顔で大口を開けて笑う客の一人がふらつきながら酒を煽った。

「ローデンは初めてか?この街に来て"名前"を見て行かねぇのは素人がすることだぜ!」
「"名前"?」

どうやら女の名前らしいが、はて?有名人なのか。

「おい、その名前と言うのは──」

パッと店の照明がある一点を除いて全て消される。店の中央にあるステージにはいつの間にか一人の女が立っていた。顔は彼の視点からでは髪に隠れて見えないにも関わらず、オレンジ色の照明に反射して煌めくプラチナブロンドと豪奢な金の飾りに、彼の赤髪は一瞬目を奪われた。

ドッと激しい音楽が鳴り始める。それに合わせて女は、踊り出した。全身を大きく使い、女性にしか表現できない色香としなやかさで。それは偉大なる航路広しと言えど類い前なる見事な踊りで。くるりと回り、ヴェールと金髪が靡いて女の顔が見える。
長いまつ毛に彩られたアーモンド型の目がシャンクスを視界に捉え、うっそりと細められる。呼吸が上がっているからか少し潤んだその瞳は、燃えるような赤い色をしていた。

ワッと熱狂的な拍手喝采に、シャンクスはハッと我に返った。時間にして10分そこら、しかしシャンクスにとっては永遠にも感じられそうな時間であった。
「ほぅ、」と感嘆の息を吐くベックマンと、ヒュウと口笛を吹いたヤソップ。「名前ー!!今日も最高だったぞー!」と酒を掲げて賛辞を送る常連客に微笑みながら手を振る女。なるほど、彼女が噂の"名前"か。

女がスっと手を上に差し出す。しん、と一瞬静まり返った店内に再び音楽が流れ出す。先程より少しだけテンポの遅い、しかし常夏のこの島によく似合う曲調。名前はまた踊り出した。
再び店内を闊歩するようになった女店員たち。なるほどここからは好きに騒いで良いようだ。シャンクスは一人捕まえて訊ねる。

「なぁ、あの踊り子は」
「赤髪さん、知らないでお店に来てたの?ローデンの名前といえばこの国で知らない人はいない、最高の踊り子よ!」

美しく気高い、この国では男も女も彼女の虜。そう言う、目の前の女店員も頬を赤くしながら熱弁するあたり、名前の熱狂的ファンらしい。

「なるほど。なぁ、彼女と話してみたいんだが席に呼ぶことはできるか?」
「! 赤髪さん、いくら赤髪さんでも、それはできないよ」

同じことを考えた人間は沢山いた。だが、その誰にも名前は応じなかった。これも有名な話だ。
「そうか、そりゃ残念だ。仕事の邪魔をして悪かったな」バツが悪そうに去っていく女店員に笑顔で手を振る、船長を横目にベックマンはため息を吐いた。
これは諦めていない顔だ、と。


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時刻は既に夜中の2時を回った。そんな深夜だろうが街に明かりが灯されて、そこかしこから笑い声が聞こえる。この街が"眠らない街"呼ばれる所以だ。
名前は踊って火照った身体を冷ますために酒場の屋上に一人腰掛けていた。

「やぁお嬢さん、いい夜だな」

下から声がかかる。覗き込んで見れば夜中でも目を引く燃えるような赤い髪を持った男が手を上げて立っていた。その男は先ほど踊りを見てくれていた星の数ほどいる観光客の一人だか、名前は彼が誰だか知っていた──いや、この偉大なる航路で彼を知らない方人の方が少ないだろう。

「赤髪海賊団大頭、赤髪のシャンクスさんですね」
「お、俺を知ってるのか!光栄だな」
「ご冗談を、」

足をプラプラしながら彼の大海賊を見下ろす「何のご用ですか?」と。

「いやぁあんまりいい女だったもんで話してみたいと思ってね」

あっという間に屋根に飛び乗り、隣に腰掛けたシャンクスを見やり、感情を読み取ろうと表情を伺う。「ん?」と人たらしな笑顔を浮かべる男が何を考えているのか、名前にはさっぱり分からなかった。
一方でシャンクスは先ほどの表情豊かな踊り子の豹変ぶりに内心驚いていた。踊っている間の笑顔が嘘のような無表情。しかし自分の髪と揃いの赤い目だけは同じ強さで輝いている。ますます興味をそそられた。

「明日も踊るのか?」
「この酒場では毎晩踊ってます」
「明日も踊りを見に来よう。またこうして会ってもらえないか」
「は、」
「待ってる」

一瞬言葉の意味を理解できなかった。名前が聞き返す間もなく、シャンクスはそれだけを言い残しゆったりとした歩みで去って行ってしまった。