シャンクスと踊り子・2日目
「えーっ!赤髪のシャンクスに口説かれたぁ!?」
「ち!違う!口説かれてない!」
慌てて友人の口を両手で塞いだ。昨日シャンクスとお近付きになりたがっていた友人である。こんなことを話すべきでは無いかもしれないが、名前は長い付き合いから、この友人がそんな事で態度を変える人間ではない事をよく知っていたため、正直に打ち明けた。
「踊りが気に入ったんだと思う、それだけよ」
「えぇ〜、そうかなぁ」
そうだ、それだけだ。
名前は傍らの時計を見やった。
「ごめん、私もう行かないと、」
「え、まだ早い…っまた領主様に呼ばれたの!?」
「私は大丈夫だから、何もしないで、お願い」
椅子を倒す勢いで立ち上がる友人を宥めて座らせ、握った拳をそっと解いてやる。自分たちの体は、手は、商品だ。万が一にも傷付くようなことがあってはならない。
「行ってきます」
全てを諦めた女は、いつものような完璧な笑顔で笑った。
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胃に響くような音楽に合わせ、今日も名前は軽やかに踊っていた。ふと店内を見回せば、シャンクスが奥の席でジョッキを片手に目を細め、しかし瞬きひとつせず、踊りを見ている。名前と視線がかち合ったのに気付いたシャンクスは口元を緩ませ、軽く手を振った。夜の蝶顔負けの色気を纏う笑顔に、名前は思わず呆れてしまった。今までこの男は数多の女をその笑顔で虜にしてきたのだろう、と。
罪悪感にも似た胸の痛みを完璧な笑顔で覆い隠し、名前はシャンクスから視線を逸らした。
ローデンは今日も眠らない。ステージの後、名前は彼と交わした約束のために、昨日と同じく酒場の屋根に登った。そこには既にシャンクスが待っており、店から買い取ったのであろうワインを瓶ごと煽っていた。
「シャンクスさん、」
「やぁ、今日も楽しませてもらったよ」
あんたも飲むか?と差し出された瓶を緩く押し返して隣に腰掛ける。肩が触れ合うほどに、近く。
「シャンクスさん、」「ん?」「何故こんなことを?」こんなこと、とは間違いなくこの逢瀬の事だろう。
「いい女を見ると口説きたくなる性分でね、」
ごつごつした手のひらがさらりと髪を攫い、頬をかすめた。
「海賊に言い寄られるのは迷惑か?」
あぁ、踊りだけを気に入ってくれているならどれほど良かっただろうか。「いえ、」張り付けた完璧な笑顔で、シャンクスの硬い手に自分の手を重ねた。
シャンクスに腰を抱かれて裏路地を歩く。心臓が口から飛び出そうなほど緊張していた。適当な宿に入ろうとしたシャンクスの腕を控えめに引く。
「シャンクスさん、この辺の宿はちょっと…」
自分は何があっても身体だけは許さないことで通っているから、たとえ裏通りでもこの辺りの宿はまずい、と最もらしい理由をつけてさらに薄暗い路地へと誘導する。そして、営業してるのかどうかも怪しい宿へと引っ張りこんだ。受付に立つ店主は赤髪のシャンクスの来店にぎょっと目を剥き、その横に佇む名前を見て更に言葉を失った。「悪いが他言無用で頼む」シャンクスから投げられた一晩にしては明らかに多い額の金貨に店主は高速で頷いた。
足早な名前に手を引かれて部屋に入る。そのままベッドの前まで導かれ、名前はもう待ちきれないとばかりにシャンクスに顔を寄せ、首に腕を回して顔を寄せた。音もなく互いの唇が重なった。離れてはくっつけるだけの可愛らしいキスを数度繰り返し、興が乗ってきたのかシャンクスの腕ががっしりと名前の腰を抱いたところで名前は彼の逞しい胸板を押し、二人一緒にベットになだれ込む。
肩に引っ掛けていた黒のマントがベッドに広がる。押し倒した流れのまま、シャンクスに馬乗りになった名前はあることに気づき、驚きのあまり動きが止まった。
「腕が、」
シャンクスの左側には本来あるべき質量が無かった。普通に生きていれば無くすことなどありえないそれを、シャンクスは至極楽しそうに笑った。新時代にかけてきたのだと。名前にはよく分からなかった。
怪訝な表情をする名前に焦れたようにシャンクスの手が腰を撫でた。びくり、と体が震えた。それに気を良くしたシャンクスが「続きは?」と先を促す。今押し倒されているのは彼だと言うのに、余裕たっぷりの上に挑発さえしてくる状況だ。そんなにお望みなら応えてやる、と名前は猫を思わせるような細くしなやかな体をシャンクスの胸の上に横たえた。
シャンクスの赤い髪を飲み込むように金糸の髪が流れ落ちる。邪魔になるものだけ避けながら、名前はシャンクスにもう一度口付けた。触れては離れるだけだった先程とは違う、角度を変えながらより深く触れ合う。
「ん、んむ、ん!」
一度唇を離そうと引こうと下がるも、シャンクスの手はそれを許してくれなかった。大きな手のひらに後頭部を押さえつけられ、より強く押し付けられる。ぬるりと口内に侵入してきた舌をどう対処したらいいか分からず、舌を差し出してしまえばあとは蹂躙されるだけだ。
「ん、しゃ、んん」
シャンクスの胸に添えられた、行き場のない手のひらが彼の心臓あたりを蠱惑的に撫でる。あたたかい、どくりと大きく脈打つ心臓を感じながら名前はもっともっとと強請った。性急に口内を蠢く舌に応えながら、名前は自分の太ももへと手を伸ばした。衣服の中に巧みに隠されたそれを素早く握り、最小限の動きで振りかぶり心臓を狙った。
「ッ──!」
「随分物騒だなぁ」
怒っても悲しんでもいない、間延びした声だった。彼の手によって止められたナイフに名前の血の気は引いた。気付かれた──!ナイフを捨ててシャンクスの上から飛び退こうとするも、それより早く引き倒され、逆に馬乗りになられる。先程とは立場が逆転してしまった。
今までだって相手にしてきた連中の中には海賊もいた、名前はこうして生き延びれている。だがそれは、名前に溺れて殺意を見抜けなかった愚か者が相手だったからだ。相手は海のならず者達の頂点、四皇。彼らはたとえ眠っていたって、名前なんかにやられたりしない。
(とんだ、買いかぶりだよ領主様…)
──でも、ざまあみろ。
目を閉じ口元だけで名前は笑った。
「で?どういう事情だ?」
たった今命を狙われたというのに、穏やかな声で訊ねる赤髪の主に名前は弾かれたように目を開けた。なんで、そう言いたげな名前の視線にシャンクスは笑顔で応えた。
「男も女もこの街の奴らはあんたの事が大好きだ。そんなに好かれてる奴が理由もなくこんなことをするはずがないと思うのが普通だろ?」
なんて無茶苦茶な理屈だ。名前がシャンクスを殺そうとしたことと、名前が好かれていることにはなんの関係もない。しかも、街の人間もグルである可能性なんて考えてもいないのだろう。
「街の人間が全員あなたにそう思わせるために演じていたといたら?」
「あんたはそんなに馬鹿じゃない。もしそうなら言わんだろ」
なんて器の大きな人なんだろう。彼が海の皇帝と呼ばれ、巨大な海賊団を率いているのは多くの人がこういう所を慕っているからなのだろう。
彼になら─。
「……命を狙い申し訳ないと思ってます。でも私は拒否できる立場にない。相手は四皇、覚悟だってできてます。殺すのなら受け入れます。でもたったひとつだけお願いを聞いて頂けるのなら、」
この街の領主を殺して欲しい。
この島を政府から取り返し、あなたの支配下に置いて頂きたいのです。