声のする方へ振り向いた。
その瞬間、頭の中にビリビリと電撃が走ったような気がして、思わず上擦った声が漏れた。よほど驚いたのか、溜まっていた涙がポロリと落ちたきり、それ以上溢れることはなかった。


目の前に、待ち焦がれた彼がいる。


わたしの心臓が一瞬高鳴ったのがわかった。しかしすぐに、「この人はあの彼とは違う」と感じた。確信はないけれど、多分違う。だけどとても似ている。いや、似ているだなんて言葉では決着がつけられない、そっくり、いやそれ以上、まさに「瓜二つ」だった。瓜二つだけれど、彼とはどこか違う雰囲気を醸し出している。わたしの身体がぶるりと震えた。今目の前にいる、たった一人の人間の存在でこうも頭を掻き回されることが、果たして今まであっただろうか。うまく働かない脳を必死にしぼり、やがてたった一つの疑問だけが浮かんだ。
「この赤いパーカーを着た人は誰だろう?」


「ねぇ、大丈夫?」
「えっ、あっ」


何も言わず呆然と突っ立つわたしを心配した表情で覗き込む目の前の男性は、わたしの顔を見てぎょっとした。


「ちょっ顔真っ青だよ!?」
「あっへいきです、あの」
「全然平気って顔色じゃねーよ!」


赤パーカーの彼はわたしの肩をがしりと掴み、さらに心配そうな表情をみせた。男性の顔がこんなに近いのは覚えている中ではおそらく初めてで、いよいよわたしの頭がショートし始めた。クラクラと眩暈がする。どうしよう、この人に聞きたいことがたくさんあるのに、わたし、このままじゃ、


どこか遠くから、男の人の声が聞こえてくる。確かにこの目の前の人がわたしを呼んでいるはずなのに、耳と頭に薄い膜が張っているかのように、ぼんやりと薄らいでいた。そしてとうとう、わたしは意識を手放した。



* * *




「あーさみ…」


真冬の夜空を見上げながら、俺は深く息を吐いた。口から出た息は瞬く間に白く変わり、何となく体感温度が下がる。
パチンコに負けた日はいつもより寒く感じるのはなぜだろう?
冬の冷たい空気に晒されている顔が凍るようだ。寒い。吹き付ける風も、俺の財布も。


「みんなどこ行きやがったんだよチキショー」


パチンコから家に帰るとなぜか兄弟は一人もいなかった。今日は泊まりで両親が旅行に行っているから、6人で宅飲みでもしようと思っていたのに。
え?酒代?チョロ松かその辺が出してくれるんじゃない?
金がないけど酒が飲みたい時は、宅飲みに限る。それなのに誰もいない!ああ酒が!飲みたい!でも誰もいない!どうしようもないジレンマを感じて、誰もいない家にいたって暇だから、金もないのにとりあえずもう一度家から出てみたのだ。


「やっぱり家帰るかなー…ん?」


電灯の少ない暗い夜道を歩いていると、目的もないのにブラブラ歩いている自分がどうしようもなく可哀想に思えてきたので仕方なく帰路に着こうとすると、少し前にぼうっと人影が見えた。
まさか…幽霊!?
恐る恐る目を凝らすと、ちゃんと足もあるし普通の人間のようで安心した。髪が長いのでおそらく女の子だろう。よく見ると、その女の子は立ち止まって俯いていた。そして、右手の袖でごしごしと目を擦っているのがわかった。


そっと近付いてみても、彼女はまったく俺に気付かない。ズッと鼻を啜る音が聞こえた。泣いてる?


(泣いてる女の子には優しくしないとね〜)


純粋な良心と、ほんの少しの下心を持って、俺は声をかけた。


「どうしたの」


振り向いた彼女は、俺の顔を見るなり固まってしまった。











「俺何やってんだろ…」


俺の目の前には布団に横たわる女の子。あの後、俺がどんな言葉を掛けても彼女は上の空で、挙句の果てにいきなり倒れてしまったのだ。地面に叩きつけられる前に慌てて身体を受け止め、受け止めてからしばらくどうすればいいのかわからず、あれやこれやと考えた末に彼女をおぶって自分の家に連れ帰った。おぶって家に向かう途中も、布団に寝かせる時も、彼女は一度として目を覚まさなかった。死んでいるんじゃないかと一瞬ひやりとしたけれど、密かに寝息を立てていることに安心する。


いざ家に帰って落ち着くと、「わざわざ家に連れて帰って来なくても、もっと他にいい方法があったんじゃないか」と考え始めてしまうが、もうこうして連れてきてしまったものは仕方がない。ほのかに秘めていた下心は、いつの間にかどこかへ吹っ飛んでしまっていた。とにかく、どうせ親もいないし、体調が悪い様には見えないし、寝かせておけばいつかは目を覚ますだろう。


「冷蔵庫に何かねーかなー」


腹が減っては戦が出来ぬとはよく言ったものだ。集中力もなくなるし。満腹の時にパチンコに行けば勝てるのだろうか?くだらないことを考えながら、俺は台所へと向かった。




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