わたしの所属する委員会が終わるのは、いつもキヨの部活が終わるのより少しだけ早い。たまに委員会が長引くこともあるけれど、そんな日でもキヨの部活が終わる時間を超えることはない。だからいつも待つのはわたしの役目だった。はるちゃんはいつも何も言わずにキヨを待つわたしを見て、いつも待たされているんだからもう帰っちゃいな、と言ってくるけれど、わたしはキヨを待つ時間が苦だと思ったことは一度もない。だから今日だってずっとずっと、誰もいない教室で待ち続けるのだ。あのドアが音を立てて開くのを。大好きな笑顔が見れるのを。


「あ、」


キヨを待っている間、読みかけだった本の続きを読んでいると、いつの間にか雨が降り出していたことに気付いた。委員会が始まる前は少し曇っている程度だったのに、気付けば雨は音を立てて降り空はゴロゴロと不穏な音を鳴らしていた。今日は雨が降るだなんて天気予報で言っていなかったのに。せっかくキヨと帰れる日に雨が降るのは、何だか邪魔されているような気がして少し悲しくなった。



「名前!」


わたしが折り畳み傘の有無を確認するために本を閉じてかばんを探ろうとしたのと、ガラリと音を立ててドアが開いたのはほぼ同時だった。いつも聞いている大好きな声が、わたしの耳に届く。顔を上げるとそこには少し息が上がっているキヨがいた。

「ごめんね、遅くなっちゃった!」
「大丈夫だよ。キヨ、濡れなかった?」
「うん。たまたま校舎の中にいたから、ラッキーだったよ!」
「よかったあ。もう帰れるの?」
「雨、本降りになってきちゃったからね」


今日はもう終わり!とエナメルバッグの肩ひもを片手で持ち上げて見せた。それを見てわたしも本をかばんにしまい、同時に折り畳み傘を取り出した。


「あれ?名前、折り畳み傘持ってたの?」
「うん。一応いつもかばんの中に入れてるから」


今日は天気予報でも雨だって言ってなかったし、普通の傘は持ってきてないんだけどね。とキヨに視線をやると、エナメルバッグを持っていない方の手に傘の柄が見えた。キヨ、傘持ってきてたの?と問おうとして、思わず喉が詰まってしまう。キヨが持っていた傘は、男の人が持つには小ぶりで、可愛らしい花の絵がプリントされた、…どう見ても女物の傘だった。


「キヨ、それ…」
「ん?あ、これはさっき昇降口の近くで会った女の子が貸してくれたんだよね」


二本あるからって!折り畳みだと小さいし、名前もこっちの傘に入っていきなよ!
事もなさげにキヨがわたしに笑顔を向けるから、わたしは必死で笑顔をつくった。うんそうだね、優しい女の子だね。と、頭では少しも考えていないようなことが口から簡単に滑り落ちていく。こんなことはいつものことだから、キヨは傘を貸してくれた女の子がどういう気持ちでいるのか、きっと深く考えていない。そして、その傘を使うのがどんな気分になるのかという、わたしの気持ちも。


キヨ
その傘を貸してくれた女の子は、キヨのことが好きなんだよ
好きだから貸したんだよ
ほんとはそのこと、わかっているんじゃないの?
わかっているとしたら、どうして借りたの?


聞きたいことがたくさんあった。キヨの口から聞いて、確認したいことが。
だけどなにひとつ言葉には出来ない。する気もない。聞いて、問いただして、この関係がなくなってしまったら、わたしは生きていけない。だからわたしは今日も口を噤んで、帰ろうとわたしの手を引くキヨの背中を、ただ黙って見ていた。

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