「もうしゃべらないで」


頭を抱えてうずくまる友達、バタバタと足音を鳴らして駆け寄る先生、そして周りのクラスメイトの恐怖と批難の目ーーー
あの日からわたしは、言葉を発することが怖くなった。



***



「………」

目の前にあるのは一枚のプリントと、ペンケースと、消しゴム。右手にはシャーペン。そして机。わたし、#name1##name2#は非常に困りそして悩んでいた。


(困ったなあ…)


目の前の藁半紙には上の方にでかでかと「進路希望調査」、そして真ん中には3つの記入欄があった。言うまでもなく中学3年生である生徒へ向けての希望校の調査用紙であることには間違いない。他のクラスメイトがもうとっくに記入し提出している中、わたしはどうしてもペンを走らせることができないで、放課後もこうして自席で固まっていた。


特に、ないのだ。希望が。
将来的に最低でも高校卒業はしておいた方が良いのであろうが、じゃあどこの高校に入りたいかと言われれば、絶対にここ!というところがない。やりたいこともない。周りは志が高い人が多く、秀でた個性の人はヒーローを目指し、そうでない人も何かしら自分のやりたいことがあって、未来に向かって歩んでいるというのに。はあ、とひとつため息をつき、持ち帰って考えさせてほしいと頼みに行こうと帰り支度を始めた。


とぼとぼと帰路につきながら、今日二度目のため息をついた。
今や世界の総人口の約8割が何らかの【個性】を持つこの世の中で、子供に爆発的な人気のある職業こそが【ヒーロー】である。
人間とは勇ましくもあり卑しくもある生き物で、自分の個性を世のため人のために使って生きていく人もいれば、私利私欲のため、他人を陥れるために個性を使う人もいる。そして後者のような人間を制圧し抑止するのがヒーローだ。戦闘向きの個性を持たない人間には止めることができないような個性を使った犯罪を止めるのがヒーローの仕事であり、現代社会ではこの存在が必要不可欠となっていた。そしてそのヒーローの中でも圧倒的存在、平和の象徴がーーー


「誰か!!助けて!!」


突如女性の悲鳴が響き渡り、街中がどよめき出した。声がする方にはすでに十数人の取り巻きが囲い、その中心には必死で何かから逃れようとする女性の姿があった。女性の足元には、何か粘土のような物体が纏わり付いている。


「オイ誰かヒーロー来てないのか!?」
「もうすぐ来るだろ、どうせ捕まるのに馬鹿な奴だな」


粘土のような物体は個性だったのか。
もがいている女性をぐるりと囲む人人人。だが助けようと、手を出そうとする人はひとりもいなかった。当然だ。戦闘能力を持たない個性が助けに入ったところで結果は見えているからだ。それに今はヒーロー飽和状態であり、放っておいてもすぐに近くのヒーローが駆けつけてくれるのだ。そう思いながらも何となくこの場から動けなくて、わたしは立ち尽くしていた。
すると突如女性の足元に絡みついていた粘土が肥大化し、人の形を型取り出した。


「オマエが俺を振ったりするからだ…!俺を選ばないならこのまま殺してやる!!」


不穏な言葉に、周りの取り巻きもより一層ざわつき出す。これ、もしかして結構やばいやつなんじゃないか…?早く助けないとまずいんじゃ…。だけど俺の個性じゃ、私の個性だって!そもそも使用許可がなければ公共の場では個性は使えないぞ、と各々が「自分では助けられない」と主張し出した。


そうこうしているうちに足元の粘土はするするの女性の喉に絡みつく。まずい、本当にそろそろやばい。なぜかヒーローも来ない。有効な個性を持った人も近くにいない。


わたしが、
わたしの個性なら、


手も足も震えた。固く結んでいた口をゆっくりと開く。わたしが個性さえ使えば、


「っ、」


声が、出なかった。
言葉が喉につかえて出てこない。声に個性を載せられない。わたしの【言霊】というこの個性は、使いようによっては人を著しく傷付けてしまう。
やっぱりわたしは、


開いた口を再びグッと紡ぐ。ごめんなさい、何もできなくて。わたしが自責の念に駆られ目を固く瞑った時と、爆風が吹き荒れたのは同じ瞬間だった。


「…もう大丈夫、私が来た!!」


周りの取り巻きが歓声を上げた。そう、この人こそ、わたしたちの平和の象徴。ナンバーワンヒーロー、オールマイトの背中が見えた。




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