エッセイ *恋愛
生殺しの体温
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*白い溜め息


駅のホームで1人、後数分で電車来るなぁと電光掲示板の時刻表を眺めていた。

今日仕事ちょっと疲れたな、そんなことぼーと考えていたら肩を叩かれる。
少し驚いて、咄嗟に振り返るとほっぺに指先が突き刺さった。


わ……、こんな幼稚な遊び久々に引っかかった。

溜め息が出そうなこちらとは正反対に、嬉しそうにニコニコと目を細める新井さんが居た。


「これ、久しぶりに引っかかりましたよ」

「やーい、引っかかった、引っかかったっ」


こんな風に子供っぽく言う割には、貴女は私より年上でちゃんとした大人なんですけどね。微妙に違和感が残る左頬を摩りながら、少し嫌そうな顔をして新井さんを見つめる。

イヤホンで曲を聴いていたもんだから全然後ろの気配に気づかなかった。耳を塞いでいたイヤホンを取る。


「私は怒ったりしませんけど、これすると怒る人だって居るんですからね」

「そうなんだぁ、へぇ〜」


まるで他人事のように、貴女は聞き流している。
そして私はこんな軽く説教じみたことを言ってる割に、沸々と嬉しさが込み上げていたりするのだ。

新井さんの指が、触れてくれたと思い返すと今更になって気恥ずかしくなって顔が熱い。


素直じゃないな。


「岡崎さん、もしかして怒ってる?」

「…いいえ、そんな事では怒りませんよ」

「だよね、怒らなさそう」


ふふってまた目を細める。機嫌が良さそうで、これから鼻唄を歌いだしそうなくらいに。
余程イタズラに引っかかったのが嬉しかったんだろう。


「ちょっと……!」


油断していると、堂々とこちらのほっぺに指を立ててぐりぐりとしてきた。
時々爪が当たって痛い、度々のスキンシップに心臓が痛い……。


「ほっぺ熱いね、手は冷え性なのに」

「先っちょほど冷えるもんですよ」

「そうかなぁ? 私は手はあったかいけど、ほっぺは冷たいよ。触ってみる?」

「…え?」


手を掴まれて自分自身の頬を触るように誘導されたものだから、恥ずかしくなっておろおろとするしかないまま新井さんに触れていた。


「…ほんと、ひんやりしていますね」

それを言うのが精一杯だった。透明感のある、年齢を感じさせない冷やかな肌の感触。
この肌に口付ける事が出来たら。あり得ないけど一瞬考えがよぎる。


「あ、また顔赤くなったよ。林檎みたいだね、なんで?」


クスクスとまた笑って、なんでと聞かなくてもその調子だとおおよそ理由の検討なんてついてそうなものを。


「赤くなんて、ないですよ!」

「えー、鏡あるよ。見せよか?」

「――だから、いいですって…っ」


頬に触れていた手を思わず離そうと、振りほどこうとした。なのに、強く掴まれた手のせいで離れられない。


「可愛いね、もっと素直になれば?」

「……それは、どういった意味で?」


――素直になれたら苦労しません、そんな事言われたら余計に苦しいですから。

けど湧いてくる言葉は飲み込むしかない。只々困惑した視線を送っている。


「岡崎さん、こうしてると恥ずかしいけど嬉しいんでしょ?」

「…っ、ちょっと、いきなり何言うんですか?」

「じゃあ、嫌だった?」

「あの……、」


どんどん貴女の質問は私を追い込んで、言い淀む。こんな気持ち隠さないといけないのに、目の前の知りたがり屋さんは離してくれない。


「……新井さん、やめて下さいよ。困りますから」

「ああ、ごめんね?」


目を合わせられないまま、俯いて手の力を脱力させた。強く掴まれていたはずの手が少しして、だらんと落ちる。


「いいえ、新井さんの言う通り嫌ではないんです」

「うん」

「私、どうしたら、いいんでしょうね」


手を離された途端、直ぐにでもすがりつきたくなる。
この気持ち、少しでも既に気が付いているのなら受け止めてくれるんですか?

悪戯にからかわないで。


「じゃあ、また触る? 私はいいよ。こんな年の離れたので良ければ」

「…もう、だから恥ずかしいんですって。今はいいです、それに他の人が見たら変でしょう」

「そうかなぁ?」


また新井さんはニコニコと笑って、両手で私の顔を包む。



「変でもないよ、気にし過ぎじゃない?」

「え……、いや」

「ね、嬉しい…?」

「……自惚れ過ぎですよ」

「だって、幸せそうな顔してるから」

「何が分かるっていうんです、知った顔して」

「一応人生の先輩ですから」

「まぁ、確かに」


顔に添えられた両手の上から、私も上から両手を重ねてみた。


「新井さんの手はあったかいですね」


溜め息が出そうなくらい、このひと時に満たされている。
新井さんの言うように素直に、少しでも伝えられたら…。


「………本当は、ずっとこうしていたいんですよ」


ポツリと、独り言のように呟く。


「うん、そうだね」


「でも離しましょう、やっぱり怪しいですし…。電車来ますよ」

「ほんとだ、もう来るね」


新井さんの手を取って、ほっぺから剥がした。温かさを持たない冷やかなこの手に、僅かに熱が移っている。


「冷たい手で、ごめんなさいね」

「いいよ、目が覚めて丁度いいから」

「なんですか、それ」


冬の防寒対策で、あちこち冬物の小物を身に付けて着膨れした貴女が言える台詞じゃないでしょと思った。

同時に、やっぱりこの人の事が好きだなぁとも考えながら手を離す。帰る方向は同じだ、もう少し一緒に居れるのが今日はいつもにも増して照れ臭くて目を逸らした。


新井さんはいつもと変わらず、横に並んでもうすぐ来る電車を待っていて、スッと伸びた背筋が綺麗だった。


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