フリーゼ行記 竪琴編



(帝国暦1186年、花冠の節・15の日)

青獅子の教室で何かを読んでいるユーリスの姿を発見し、アネットは「あれ? 珍しいね、ユーリス。何読んでるの?」と彼に声をかけた。するとユーリスは特に表情を変える様子もなく、それが当たり前の行動であるかのように言い放つ。

「ああ、アネットか。何ってフリーゼの日記だよ」

衝撃的な一言を前に、アネットはその場で固まった。驚きを隠せないように目を丸くさせ、若干引き攣った笑みをユーリスへ向けている。
フリーゼの個人情報はどうなってるの。いくらフリーゼが好きだからって言っても、流石に乙女の私生活まで侵入するのはどうなの、ユーリス。
そんな視線を向けられ、ユーリスは「一応言っておくけどなあ」と少し溜息混じりに続ける。

「本人への許可はちゃんと取ってあるからな」

そのままユーリスは説明した。
このフリーゼの日記、意外に面白くて気に入っているので、定期的に読ませてもらっている。それこそ士官学校時代から。五年経っても何とも言えない緩い絵と文章が微笑ましくて、ちょっとした癒しにもなっているし。
ちなみに盗み見る事もできない訳ではないが、言えば普通に見せてくれるので本人に直接頼んでいる。

――「フリーゼ。いつもの日記、見せてくれ」
――「わかった!」
――「おっ、今回は力作だな」
――「先生の伸びる剣頑張った」

人に嘘は吐けないどころか隠し事もできないフリーゼは、五年経っても人に自分の日記を見せる事に何の抵抗もないのである。寧ろ自分の日記で喜んでもらえるなら嬉しい、とか思っている。
そこまでを察したアネットは、フリーゼに対して若干の不憫さを感じつつ、楽しそうに語るユーリスを見て「ユーリスがそこまで言うなら、相当面白いのかな……?」とやっぱり複雑な心境でぼやくのだった。


「ははっ、そういえばこんな事もあったな」

複雑な心境を抱いたものの、あのフリーゼの日記と言われれば少し気になる事も一概に否定できず――アネットは「フリーゼの日記ってそんなに面白いの?」とユーリスへ問いかける。すると彼は楽しそうに笑いながら「前節、お前とギルベルトさんが一緒に英雄の遺産を取りに行ったりしてただろ」とフリーゼの日記を眺めながら指摘した。

「うん。あの時は確か――」

◇◇◇◆

ディミトリたちがフェルディアへ向かう数日前――。
王国軍の戦力強化を図る為、一同は西部へ進軍し、ロディ海岸近くのドミニク領へと足を延ばしていた。今やコルネリアが支配する敵地でもあるドミニク領へ立ち寄った目的は、アネットの伯父が保管している英雄の遺産、“打ち砕くもの”を譲り受ける為である。

「アネットとギルベルトさんが戻り次第、フェルディアへ向かって進軍する事になる。各自準備を怠らないように」
「ねえ、先生。本当に二人だけで行かせて大丈夫かしら〜?」

私アンが心配だわ、と続けるメルセデスに対し、ベレトは「ギルベルトさんは自信がないと言っていた」と告げた。その言葉を聞いたドゥドゥーは「先生……」と若干不安そうに呟く。
確かにその不安もわかる。だが問題ないだろう。何故なら自分たちには――。
そんな考えの下、ベレトは堂々と言い放った。

「優秀な作戦参謀たちが就いている」

その言葉に対してシルヴァンは「いや、かっこよく決めてるけど、要は丸投げだからな先生」と呆れたように溜息を溢す。毎回人使いが荒すぎる、と文句をぼやきつつ――まあ頼られる事に対して悪い気もしないけれど――なんて複雑な心境のシルヴァンは、前方に落ちた雷を見て「さて、じゃあ行きますか」と立ち上がった。

「事前に潜入させてた別動隊からの合図だ。アネットとギルベルト殿が捕らえられた。ここからは陽動作戦開始だ」


ユーリスたちと共に領内の南西にある砦に潜入していたフリーゼは、心を弾ませながら「潜入ってそわそわする」と呟いた。そのまま物陰に留まり、謎の雷に混乱している兵士たちを見送ってから、「えっと、アネットちゃんは……」と言ってふわふわ浮かんで行こうとするフリーゼの首根っこをユーリスは咄嗟に掴む。

「うぐあ」
「潜入に憧れるのは結構だが、潜入の意味をちゃんと理解しろ」

するとフリーゼは「兵士たち全部外に出て行ったから大丈夫じゃないの?」と首を傾げれば、ユーリスは額を押さえながら「お前の視界に入ってる全部、な」と溜息混じりで答える。このまま進めば恐らく曲がり角で敵兵とばったり、という状況だっただろう。もしかしたらアネットたちを収容している場所の見張りの兵にばったり、かもしれないが。

「あっ、そっか。隠れてる兵士も居るかもしれないんだね」
「いや、どっちかって言うと俺たちが隠れてる側だ」

恐らく先程の合図によって、ベレトたちとドミニク領の兵士たちが市街戦を始めている。ベレトたちの陽動によって、砦の警備が薄くなっている今がアネットたちを安全に救出する機会だ。だからと言って砦の兵が完全に居なくなっているという訳ではないだろうから、無駄な戦闘を避ける為にも慎重に動くに越した事はない。
その事をフリーゼへ説明すれば、彼女は目を丸くさせながら「じゃあ急いで、あとこっそり、アネットちゃんを捜さなきゃ」と張り切っている様子だった。

「そういう事。だからお前は俺の後ろに――」

「おーい、ユーリス! アネットたちこっちに居たから早く鍵開けしてやってくれ!」
「私が捜し当てましたのよ? おーっほっほっほっほ!」
「ってかバルトもコニーもそんなに大きい声出しちゃ敵に見つかっちゃうんじゃない?」

いつものように騒ぎ立てる愉快な仲間たちの声が聞こえ、ユーリスは目を丸くさせながら心の内で呟いた。
嘘だろ、フリーゼはともかくあいつらも潜入の意味を理解してないのかよ――と。

「て、敵襲! 敵襲だ!」
「砦に居る兵士に告ぐ! 全員警戒しろ! 敵襲!」
「ユーリスどうしよう、見つかっちゃった。もう一回隠れなきゃ」

そう言って自分のマントの裏に隠れようとしているフリーゼを感じつつ、「ははっ、見つかっちまったぜ!」と呑気に笑っているバルタザールたちに対して、ユーリスは遠い目をしながら眺める。
やはりこの人員を潜入部隊にするのは間違いだったと再確認するユーリスだった。


その後、アネットとギルベルトを何とか救出したユーリスたちは、ベレトたち本隊と合流してドミニク領の兵士を相手に戦う事になった。そんな中、フリーゼはアネットとギルベルトが並んで戦う様子を見ながら「良いなあ」と羨ましそうに声を漏らす。

「また斧にでも憧れてんのか?」
「それもあるけど……お父さんと一緒に戦うの、良いなあって思って」

フリーゼは妄想する。自分と父が並んで戦う様子を。父に認められて隣に立てる頃には、恐らく自分も立派な魔道士になっている――と思う。一番の魔道士である父親。その次くらいの自分。どんな敵が相手でも負けない気がした。

でもその場合、また場所を考えなければならないだろう。五年前フラルダリウス領に行った時には、建物をちょっと壊してしまいフェリクスに怒られた。自分以上に凄い父の魔法が市街で発動したら、建物を完全に壊滅させてしまうかもしれない。だったら建物がないところで戦わなければ。
フリーゼはちょっと考えてから、砂漠なら良いかもしれないと結論付ける。

「私もいつかお父さんと一緒に」
「……っと、危ねえ」

そう言いかけて例の如く眠ってしまったフリーゼを支え、ユーリスは「ったく、戦場で寝るなっての」と悪態を吐きつつも、慣れた手付きで彼女を抱えた。

「これだと剣……は無理だから今回は魔法で戦うか。それにしても“あの”オトウサマとこいつが並んだら……フェルディア辺り簡単に吹き飛ばしちまいそうだな」

◇◇◇◆

「うん。あの時は確か――フリーゼが急に眠っちゃって、ユーリスがずっと抱えてたね。もしかしてあの時のフリーゼって具合悪かったりしたの? 大丈夫だった?」
「いいや。それはないから安心しな」

アネットが当時の事を思い出していると、ユーリスは「それに対するあいつの日記がこれ」とフリーゼの日記を指し示す。そこには楽しげな絵と共にこう記されていた。

『今日は皆でアネットちゃんの家がある街に行った。潜入楽しかったからまたやりたい。あと、アネットちゃんとアネットちゃんのお父さんが並んで戦ってるの良いなあって思った。私もいつかお父さんと一緒に並んで戦ってみたい。でもお父さんの魔法は私のよりも凄いから、前みたいに壊してフェリクスくんに怒られそう。砂漠だったら壊れるものないから怒られないかも。でも砂は全部飛んで行っちゃうかもしれないなあ』

「フリーゼ……いつかフリーゼもお父さんと一緒に居られるようになると良いね……!」
「あの規格外親子が並んだら、砂漠の砂が全部ゴーティエ領辺りに飛んで行くかもしれねえ……」
「あれ? ユーリスってフリーゼのお父さん知ってるの?」
「ああ。一回だけ会いに行った。全く似てないけどそっくりでもあったな」
「?」



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