ざらつく塩味

辻くんは女の子のことが苦手だ。
そんな辻くんを好きになってしまったわたし。

辻くんは女の子と距離を取りたがるから、辻くんに恋をした人間はどうしたって親しくなれない。
そんな悪条件の中、わたしは環境的な意味ではかなり運の良い方だった。

学年が同じで、クラスも奇跡的に一緒。ボーダーにも同時期で入隊した言わば同期でかなり付き合いがあるにも関わらず仲良くなるどころか前よりも距離を取られているような。

最初の頃は辻くんは女の子が苦手だからしょうがないよねと諦めていたけれど、途中からひゃみちゃんとは平気で話せるようになってるのを見て絶望した。
いくら隊が同じとはいえ、わたし、ひゃみちゃんと同じくらい付き合い長いのに。

最近ではわたしがラウンジとかにいると通りかかった犬飼先輩が「あっなまえちゃんだ。辻ちゃ〜〜〜ん!なまえちゃんがいるよ!」と何故かニヤニヤしながら教えて辻くんが「おっお、お、おつかれ、さま。みょうじさん」とかなり遠くから挨拶してくるのがお決まりの流れになりつつある。

なんてわかりやすい辻くんに対する嫌がらせ!
犬飼先輩、人をいじるのが大好き〜〜って顔してるし、辻くんも格好の的で可哀想。
そしてわたしをその嫌がらせのダシに使うのはやめて頂きたい。

そのせいなのかなんなのか、どう見ても他の女の子より他人行儀にされてるよね…?

もしかしてわたし、辻くんに嫌われてる?
地獄みたいな考えが浮かぶ。
好きな人に嫌われてるかもとか、ちょっと辛い。

思い当たる節がある。
前に、女の子で集まっていた時に偶然辻くんに会ってしまったことがあった。
しかも不運なことに辻くんの女の子苦手体質を面白がる子がいて、周りの子も便乗していて、それでも健気にがんばって会話してる辻くん。
助けなきゃ!と割り込もうとしたらわたしの存在に気付いたらしい辻くんが目を見開いて「うわあ!」と後ろに遠のいたのだ。

そう。
わたしは辻くんのことを揶揄う女の子達よりも苦手な存在に成り下がっていたらしい。

言ってはなんだが性格の悪い犬飼先輩のことだから辻くんの嫌いな女がそのへんにいたら面白がって報告するに違いない。
そういう意味で、わたしを見つけるとあんな感じに辻くんを呼ぶんだきっと。


「なまえちゃん!」
「あ、犬飼先輩」
「これから帰るの?ひとり?」
「うん。そうだよ」
「じゃあちょっとここで座って待ってない?もうすぐ辻ちゃん来るから」
「え、辻くん来るの?」

これってもしかして犬飼先輩も一緒とはいえ、辻くんと帰れる流れ?

やったー!
いやでも、わたしはすごく嬉しいけど辻くんにとっては迷惑なんじゃ。

はあ。
私が男だったら良かったのに。
思わずため息。

そんな私をみて犬飼先輩がオヤ?と首を傾げる。

「え?なんでそんな嫌そうなの?」
「嫌じゃないけど…」
「けど?」
「辻くん、女の子がいたら辛いでしょ」
「いや、なまえちゃんだったら大丈夫でしょ」
「え?なんでそうなるの?」
「まぁまぁ」

半笑いの犬飼先輩。
答えになってないんですけど。

ていうか、やっぱこれ辻くんに対する嫌がらせなんだなあ。
さっきそのへんに犬飼先輩とよく話してる子歩いてたのにわざわざわたしに話しかけてくるんだもん。

わたしどれだけ辻くんに嫌われてるの。
ずーん。

あからさまに落ち込むわたしを見て、犬飼先輩が不思議そうにする。

「…おれ、良かれと思って誘ったんだけど、もしかしてなまえちゃんって辻ちゃんのこと好きじゃなくなった?」
「ん?」

今、聞き捨てならことを言われた気が。

「……」
「いやニヤニヤしないで!いま!なんか、すごいことを」
「え〜〜?」
「え、まって。なんで知って…え、ちょっと」
「テンパりすぎでしょなまえちゃん」
「だってこんな、え、バレバレ…だった…?」
「いや、そんなに気付いてる人いないんじゃない?なまえちゃんの方は」
「わたしの方はってなに」
「こっちの話」

犬飼先輩がぷくくと笑う。
くそう。
なんでこんな人にバレたんだ。

「はあ。よりにもよって犬飼先輩にバレるなんて」
「そんなショック受けないでよ」
「絶対面白がるじゃん」
「ソンナコトナイヨ」
「わーーんばか!」

ひどい。
あんまりだ。

「ていうか犬飼先輩、このこと知ってるならわたしに会うたび辻くん呼ぶのやめてよね」
「なんで?むしろ逆でしょ協力してあげてるのに」
「嬉しくないもん……」

犬飼先輩がポカンとする。

「え、なんで?」
「好きな人の嫌がることしたくないから」
「は?え?」

犬飼先輩が本気でわかんないみたいな顔をする。
え?無自覚に辻くんを虐めてたのこのひと!

「わたし、辻くんに嫌われてるし…」
「え?」
「え?」

犬飼先輩が半笑いでこっちを見た。

「なんでそんな面白…ゴホン。悲しい思考になってるの?辻ちゃんに嫌われる要素なんてないでしょ」
「でも辻くんから避けられてるよ」
「それは大体の女の子にそうじゃん」
「わたしのときは特にそうなの!」
「あちゃ〜…そう解釈しちゃった?」

犬飼先輩が馬鹿にするような感じで言ってくるので、ちょっとムッとする。

「……」
「アハハ、そんな睨まないでよ。か〜わいい」
「…犬飼先輩、ほんとやだ」

上から見下ろされながら頭をなでなでされる。
ちっちゃい子みたいに扱われてるのは何故。
子ども扱いしないで、と手を払い除けようとしたけれど、それは叶わなかった。

視界の端に、辻くんがいたから。

「……なにしてるんですか」

辻くんが信じられないようなものを見る目でわたし達を見る。
ああ、辻くんからしたらわたしみたいなバイ菌に濃厚接触してる犬飼先輩とかありえないもんね。

「なまえちゃんとちょっとね〜」
「2人ってそんなに親しかったんですか?」
「今仲良くなったんだよ。ね〜?」

犬飼先輩がニヤ〜て覗き込んできた。
何か口走られそうで怖い。
とりあえず犬飼先輩の言うことに合わせておこう。

「うん。今ちょうど気が合うとわかった所で」
「おれとなまえちゃん、いいペアになりそう」
「え?なんの?」
「仲良しだからそれくらい分かるよね。意思疎通」
「うーん、卓球?」
「なまえちゃんユニフォーム似合わなそうだね」

前言撤回。
全く気が合わなそう。

でも今犬飼先輩に逆らうのはちょっとな…

辻くんをチラリとみると、すごく微妙そうな顔していて。
そりゃ同じ隊の人と嫌いな人が一緒に居るのなんて嫌だよねって、こっそり落ち込んだ。







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