きみのために傷付く用意はできてる

辻くんは優しい。

朝、学校で会ったらおはようと言うと、頑張って目を見て挨拶しようとしてくれる。
顔が真っ赤だけれど。

犬飼先輩の意地悪でわたしが話に交じる流れになっちゃっても、嫌な顔はせず、むしろ「みょうじさん、は、どう?」とかぎこちなく話題を振ってくれたり。

嫌われてるって知ってるのに、それを嬉しいとか思ってるわたし。

迷惑なのは分かってるけど、辻くんと少しでも一緒にいたくて。
知らないフリしてるのは、嫌な女だよね。

自己嫌悪。


ある日、二宮隊の隊室の前を通りかかったらドアが空いてて、チラリと中を見たら、犬飼先輩とひゃみちゃんと辻くんがいた。
犬飼先輩のスマホを2人が覗き込んでる。

辻くんの声が聞こえた。

「可愛いですね」

なんだか聞いたこともないような、とろけるような声でゾワっとした。

なんだろう?
好きな女の子の写真とか?
いや、でも辻くんは女の子に近付けないし…
癒される動物の動画とか?

気になってソワソワする。

完全に怪しい人だわたし。
他の隊の隊室前で何やってるんだ。
正気に戻って立ち去ろうとしたら、犬飼先輩がわたしに気づいたらしい。

「あ、なまえちゃんだ」

うわわ。
なんで声に出しちゃうの。

「おーい!なまえちゃん!こっち来なよ」
とか言ってる。

そしたら、辻くんが明らかに「えっ」て焦ったような顔をして、ひゃみちゃんも隣で大丈夫なの?みたいな不安気な空気を醸し出した。

えっと、わたし本当に行って平気なの?

当の犬飼先輩は、「はやく〜」とかいつもの目が笑ってない感じで言ってる。
これで無視するのも変だし。

しょうがない。
行くしかない。

そう思い、3人に少し近づいたところで、辻くんが突然叫んだ。
「こっ来ないで!!!」

決定的だった。
拒絶だこれは。

あまりのショックに言葉を失うわたし。
さすがに酷いことを言ったと早々に気づいた心優しい辻くんはハッとする。

「あ…いや、ごめん」
「……」
「今のは、ちょっと事情があって」

何やら弁解しようとしている辻くんをぼーっと眺める。
今のはさすがに傷付いた。
ああ、わたしって、もう取り返しのつかないレベルなんだ。

じわあ、と涙が出そうになるのをグッと堪える。

しっかりしなきゃ。
これ以上辻くんが嫌な思いをしないように。
わたしは覚悟を決める。

「わたしこそ、ごめんね」
「え?」

辻くんが驚いたようにこちらを見る。

「わたし、辻くんに嫌われてるの分かってたのに近付こうとしたりして…」
「あ…それは違」
「わたし、金輪際辻くんに近づかないようにする」
「え?ちょっと待って」
「学校は…同じクラスだから難しいかもしれないけど、なるべく視界にも入らないようにするから」
「みょうじさん話を」
「それじゃあ!ごめんね!さよなら!」

ダッシュ!
後ろから「待って!」と聞こえてきたけれど、振り向けない。

今辻くんくんの顔を見たら、苦しくてどうにかなりそうだった。





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