ダイイングメッセージは甘め
あの後、また教室に戻って、一限ごとに辻くんから逃げ回って、放課後いつもとは違う道でようやく本部までたどり着いた。
本部はさすがにすごく広いから、鉢合わせることはそうそうないはず。
一安心。
自販機横のベンチに腰掛けてみる。
冷静になってみると昼休みの時は散々泣いて犬飼先輩に申し訳なかった。
全然慰めてくれなかったけれど。
それでも一緒にいてくれたわけだし。
今度お礼しなきゃ。
でも、犬飼先輩の喜ぶものってなに?
「犬飼先輩って何が好きなのかな…」
思わず独り言。
そしたら、辻くんがちょうどこっちに来たところだった。
しまった。
本部だからと油断してた。
辻くんは、こちらをじっと見つめながら、ゆっくりと口を開いた。
いつもならほとんど目が合わないのに、なんだかいつもの辻くんじゃないみたい。
あれだけ避けたから怒ってるのかもしれない。
「……みょうじさんは、犬飼先輩のことが好きだったんだね」
「え?」
的外れなことを急に言われてポカンとしてしまう。
わたしが…犬飼先輩のことを…?
「前から2人仲が良くて羨ましいなって思ってたけど、もしかしてもう付き合ってるのかな」
「…付き合ってないよ。好きでもないし…」
「でも、ボーダー辞める相談までしてたよね」
「……」
まさか、昼休みのアレを聞かれていたというのか。
「ボーダー、本当に辞める気なの?」
「あれは、愚痴というか、単なる泣き言というか…本気なわけじゃ…」
「そう。なら、良かった」
辻くんが、心底安心したような顔をした。
なんで?わたしのこと、嫌いなはずでしょ?
「……なんで、そんな顔するの?」
「そ、それは……」
辻くんが何故か顔を赤くする。
「辻くんはわたしにボーダーやめて欲しいんじゃないの?」
「そんなわけないよ」
「……でも辻くんは、わたしのこと、嫌いなんだよね…」
「まさか!」
辻くんが大きな声を出すのでビク!と思わず肩を揺らすと、辻くんは「あ…ごめん…」と申し訳なさそうにした。
「……嫌いなわけ、ないよ…」
辻くんが捨てられた子犬みたいな顔でこっちを見る。
うぐぐ。なんて顔してるの。
「…昨日、みょうじさんに嫌な思いさせて、謝ろうと思ったんだけど避けられて、むしろ俺の方が嫌われてるんだと思ったよ」
「わたしは辻くんのこと好きだよ」
「えっ」
辻くんが頬を赤くして口元を隠した。
「ごめん…そういう意味じゃないってわかってるんだけど、つい…」
そういう意味なんですが。
わたしもこの状況がよくわかってなくて混乱する。
わたしが辻くんのこと嫌ってるとかありえなすぎて勢いで好きとか言っちゃうしもうやだ。
なにこれどうなってるの。
助けて犬飼先輩。
「俺はみょうじさんのことが、恋愛的な意味で好きなんだ。だから…」
「れ、れんあい……?」
「うん。だから、元から女の子と話すのは得意じゃなかったけど、みょうじさん相手だともっとうまくいかない」
「ええ…?」
困惑。
恋愛ってなんだっけ?
「みょうじさんの近くにいるとフワフワする。自分でも見るに耐えないくらいニヤけそうになるし、目を合わせるとドキドキして何言ってるのか分からなくなる」
「……」
「こんなのカッコ悪すぎて好きな子に見せられたもんじゃないよ…」
辻くんが絶望したみたいにシュルシュルと小さくなった。
まって。
そしたら今までのあれこれはもしかして。
「…じゃあ、避けられてたのって…」
「みょうじさんのことを意識しすぎて…」
「犬飼先輩がやたら絡んできたのは…」
「俺を揶揄ってだろうね…巻き込んでごめん」
「犬飼先輩、全部知ってたの……?」
「俺の気持ちには気付いてただろうね。でも、2人の仲が良すぎるから、もしかして俺には秘密で付き合ってるのかと思った」
「もしそうだとしたら、犬飼先輩すごく最悪だね……」
犬飼先輩の愚痴みたいになってしまった。
思わず辻くんと目を見合わせて小さく笑う。
なんだ。
嫌われてるなんて、全部勘違いだったんだ。
「でも犬飼先輩といえば、昨日の隊室で辻くんが大声出したやつ。あれってなんだったの?」
「あ、あれは……」
辻くんが言うか言わないか迷って口をもごもごさせる。
「あれ、わたし結構傷ついたんだよ……」
「うっそこを言われると弱いな…」
本当のことだもん。
辻くんが意を決したように口を開く。
「あれは、犬飼先輩がみょうじさんの写真を見せてくれて…」
「えっ」
「そのみょうじさんがすごく可愛くて、“可愛いですね”って…言ってたら…本人が来ちゃったから思わず…」
「なにそれ…」
絶句。
犬飼先輩なにしてるの。
ていうかその写真っていつのやつ?
「ごめん…気持ち悪いよね…」
辻くんが人生の終わりみたいに落ち込んだ。
「……あの、辻くん」
「なに」
「わたし辻くんのことが好きなんだけど」
「ありがとう。みょうじさんは優しいね」
「そうじゃなくて」
落ち込みすぎて全然意味を汲み取ってくれない辻くんに近づく。
辻くんは思わず遠のこうとするけれど、負けじと急接近。
「……!?」
「辻くん!」
「え、な、なに?」
「わたしも!辻くんのことが!恋愛的な意味で好き!」
言葉を受け取った辻くんが目を点にして
「……、……、ハ?」と思考停止してから、バターーン!と倒れた。
「つっ辻くん!!!」
「え?なにこれ?どういう状況?」
通りすがりで半笑いの犬飼先輩が倒れた辻くんを見て一言。
こうしてわたしと辻くんの波乱万丈な恋愛は幕を開けたのであった。