「名前って赤葦先輩より木兎先輩の方がお似合いだよね」

なんだって!?
友人から言葉に驚き、口に運ぼうとしていたタコさんウインナーを床に落っことしてしまう。ああ、もったいない!

「3秒以内に拾ったからセーフかな」
「アウトでしょ」

しょんぼり。最後の1個だったのに。
明らかに落ち込んでいる私をみて、友人は「はあ」とため息をひとつ落とす。

「赤葦先輩、なんであんたと付き合ってんだろ」
「う、それは…」

私がグイグイ押せ押せしたからです…
声を落として答えた私に友人は振られないようにがんばりなさいよ、と言った。




私の彼氏はバレー部の赤葦先輩である。
赤葦先輩は2年生なのに副主将で、部員の皆さんから頼られていて、大人で、しっかりしていて、それでいて頭も良くて、カッコよくて。とにかく素敵な人なのだ。私はそんな赤葦先輩に入学してからすぐに恋に落ちてしまい、猛アタックを続けた結果、粘り勝ちでなんとか付き合ってもらえることになったのだ。

「あ!赤葦先輩!」

少し先を歩いている先輩を発見!大好きな名前を呼んだらこっちを振り向いてくれた!
せんぱーーい!と手を振りながらダッシュで駆け寄ろうとすると、「転ばないように気を付けて」!!!先輩!優しい!!!はやく先輩の元へ行きたくてグン、とスピードをあげようとしたら自分の足にもう片方の足を引っかけてしまった。

「わあ!!」
床に顔をぶつける!と思った瞬間、床じゃなくて、胸板が顔にくっついた。

「…絶対やると思ったんだよね」
「せ、せんぱ〜〜〜い」
なんと、転びそうになった瞬間に先輩が抱き留めてくれていた。さっきまで先輩の隣にいた木兎さんが遠くで「あかーしやるなあ!」と言っているのを見ると、もしかして慌てて走って来てくれたのだろうか。ありがとうございます、と言おうとして顔をあげると至近距離に先輩の整った顔があってドキリとした。

「せ、先輩」
「なに?次からは気を付け…」
「好きです!」
「…うん。知ってる」

えへ。知ってるだって。気持ちが伝わっているのが嬉しくてへらりと笑うと先輩は「参ったな…」と小声で言う。参ったな?まさか!私が鈍くさすぎて!もう付き合ってるのが面倒になったとか!?…あり得る。心当たりがありすぎる。先輩は根負けして私と付き合ってくれたわけだし、私は先輩と一緒にいるだけで楽しいけど、先輩はそうではないのでは!?先輩優しいし。私がおしゃべりを始めると柔らかく笑って聞いてくれてそういうところがとっても好きだけれどそれも先輩の優しさ故では!?

突然顔を青くした私に気付いたのか、先輩が「あれ、どうしたの?具合悪い?」と大きな手でおでこに触れてきた。

「熱はないみたいだね」
ひえ!ちょっと!やめてください!今はその優しさがつらい!

「なんだお前らーラブラブかー!」
密着していたのでそう見えたのか、木兎さんが冷やかしてきた。

「…ラブラブに見えますか?」
「名前、何聞いて」
「おう!すっげーラブラブに見えるぞ!」
「すっげーラブラブですか!」
「超ド級だ!」

や、やったぁ!木兎さんのお陰で単純な私は浮上。
ラブラブ!だって!ありがとう木兎さん!

「木兎さん!」
木兎さんの右手を両手に包み込む。

「なんだ名前!」
「私!木兎さんのこと好きです!」
「ハ!?」
赤葦先輩が隣でギョッとした。

「俺も名前のこと好きだぞ!犬みてえで可愛いしな!」
「犬!」
「犬だ!」
「木兎さんはなにかな!」
「俺は強そうな奴だな!トラとか!」

トラですか!と盛り上がっていると、丁度私たちの近くを通りかかった人たちが「可愛いカップル〜」と笑いながら言って去っていった。
確かに好きといったけれど木兎さんには全くトキめかないのですが!
突然後ろから腕を引っ張られる。え!なに!

「…名前、ちょっとこっちに来て」
「先輩?こっちってどこへ」
「いいから。木兎さん、失礼します」
あれ?なんか怒ってる?
先輩にしては有無を言わさないような言い方に、珍しさを覚えつつ、抵抗せず先輩に付いていく。木兎さんに「木兎さーん!さようなら!」と手を振ると、先輩のつかむ腕が更に強まった気がした。



連れていかれた先は誰もいない教室。
先輩がドアを少し力任せにガラ!と開けたのを見て、やっぱり何か怒っていると確信する。

「名前、ここに座って」
「え、あ、はい…」

私が椅子に座って、先輩は目の前に仁王立ち。
なんか腕組んでる。ちょっと怖いかも。私何かしたかなあ。

「先輩、怒ってますか…?」
「怒ってないよ」
「そうですか…」

嘘だ!絶対に怒ってる!だって眉間のしわすごいもん。

「でもイライラはしてる」
「ほらやっぱり!」
「え?」
「あ、いや、なんでもないです。イライラって、私何かしましたか?」

思わずやっぱりとか言っちゃったよ!

「名前さ、ああいうのわざとじゃないんだよね」
「ああいうの?」

首を傾げると「はぁ〜〜〜」って大きなため息が。
まずい。呆れられているぞ!

「…どういうのかは分かりませんが、先輩が嫌なら直します!」
なんでも言ってください!というと先輩は力が抜けたようにまたため息。と同時に私にもたれかかってきた。
えええ!どういう展開なの!心臓が持たないのですが!

「せんぱあい…」
思わず弱々しい声が出た。
「だから…そういう、なんでもとか…」
「なんでもっていうのがよくないんですか?」
「…名前はさ、俺がやれって言ったら本当になんでもしそうだよね」
「しますよ!」
「俺がお手って言ったらする?」
「もちろん!」

先輩がお手って手を差し出して、その上に手をグーにして「わん!」って乗せたら先輩がついに頭を抱えだした。

「先輩、大丈夫ですか?」
「…ある意味大丈夫じゃない」

おろおろ。
先輩は何やら考え込んでいるようだ!
先ほどからの先輩の言動から、私とどう別れるのか考えているのでは?と勘くぐってしまう。

「…俺、この間木兎さんにもわんってやってるの見たんだけど」
「ああ!木兎さん私の事犬扱いなんですよねー」
「3回回ってワンしろとか言われてたでしょ」
「はい!やったら飴くれました」
「…その前も…同じクラスの奴に頭撫でられたりしてなかった?」
「高橋くんですかね?撫でてたというか髪の毛わしゃわしゃされてただけです」
「わしゃわしゃ…」

あれ?先輩、学年違うのになんで私が高橋君にわしゃわしゃされてたの知ってるんだろう。

「なんていうか…ほんと、名前、もう少し…危機感というか…」
「はい?」
「俺のこと好きなのは分かるけど、他の奴との距離感もう少し考えて…」
「他の奴…?わかりました!」
「いや絶対わかってないでしょ」

なんかよくわかんないけど先輩がこんなに困っているのだからなんとかしよう!と言葉の意味を理解しないまま返事をしたら秒で見抜かれた。

「他の奴とは例えばどんな奴ですか?」
「木兎さんとか」
「木兎さん!?!?」

びっくりして大きな声が出てしまった。

「木兎さんて、あの木兎さんですよね…?」
「そうだよ」
「わたし木兎さんとの距離感おかしかったですか?」
「うん。大分ね」

うーん。
どの辺がダメだったのだろう。
先輩のとこにいくと大体木兎さんがいるからなあ。つい仲良くなってしまったけど。やはり一年のわたしと三年の木兎さんという立場がある以上、もっと敬った態度をとるべきだっただろうか。
考えながらなんとなく先輩を見ると、私の顔を見るなりまた首を振りながらため息を吐かれた。
なるほど!そういうことではないんですね!先輩!

会話の流れ的にお手したのは良くなかったのはなんとなく分かる。
お手がダメなら手をつなぐのもダメだったかな!?名前は迷子になるから手をつなごうね!うん、パパ!とかよくしてるけど…この間、バレー部が合宿しているときに買い出しにスーパーに来た木兎さんと先輩に会ってテンションが上がるあまりその場のノリで木兎さんと新婚さんごっこしたときも先輩ちょっと引いてたもんね…あとは…

「今想像してるの全部ダメだからね」
「…すみませんでした」
「ていうか思い至ってない奴の中でもたくさんあるんだけど挙げだしたらキリがないし…」
「うう」
「俺にしないのに何故か木兎さんにばっかりそういうのするのも正直何なんだとも思うしね」
「え!?」

い、今の、どういう…

ドキドキしながら先輩を確認すると、先輩の掌が吸い寄せられるようにわたしの頬にくっついた。ゴツゴツした、男の人の掌。

「俺、名前が思ってるより名前のこと好きだからさ」
「え、……えっ!?」
「言われたことなんでもしますとか言われたら、場合によってはやばい時もあるし」
「場合によっては…」
「場合によっては」

…場合によっては?イマイチピンとこない、とても曖昧な表現をされる。
先輩がさっきから何の話をしているのかさっぱり分からない。
分からないけれど、別れ話をされているわけではないということは私にも分かる。
むしろこれは…

「…先輩の考えてることは難しくてよく分からないですけど…」
「うん、そうかなとは思ってるよ」
「先輩がそういうなら、頑張ろうと思います!」
「だからそういうのが良くないって…はあ」

先輩がため息を吐く。
だけれどどこか楽しげに目を細めて笑っているから、私は今日も先輩の彼女でいられると嬉しくなるのだ。





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