徹くんは、いつもわたしを馬鹿にしてきては楽しそうにしている。

あんまり勉強が得意じゃなくて、運動も人よりできないわたしを見て「名前のおバカさん」
と嬉しそうに笑う。

できない自分が悪い。
分かってる。

けど、ちょっと酷いよ。
ある日、ついに堪忍袋の緒が切れた。

「徹くんのバカ!ひどいよ!もうわたし岩泉くんと付き合う!」

それだけ言い放って、ポカーンとしている徹くんを背にしてズンズンと離れる。

勢いで口から出てしまった言葉は元には戻らない。
冷静になってみれば、あれだけ試合中にたくさんのことを考えてプレイしている徹くんがこんな見栄っ張りな嘘を見破れないわけがなかった。

やっぱり徹くんの言う通り馬鹿なんだ、わたし。

しかしわたしにも意地がある。

「───────で、俺にどうしろってんだよ」
「徹くんに一泡吹かせたいの!お願い!」

一瞬でもいいからわたしとの付き合いを匂わせて欲しいというめちゃくちゃなお願いを岩泉くんは怪訝そうな顔で聞いていた。
なんというか、コイツ阿呆だな、という目で見られていた気がするのだけれど。
徹くんに似たようなことを言われ慣れているので特にダメージは負わなかった。

「くだらねえ」
「そこをなんとか」
「俺は演技なんて出来ねえぞ」

ぐぬう。
確かに岩泉くんがお芝居をしているイメージはないけれど。

「……まあ、アイツの態度も大概だし、少しお灸を据えてやるくらいならいいけど」
「ほんと!?」
「これでアイツも少しは大人しくなるだろ」

しつこく粘った甲斐もあり、岩泉くんは渋々了承してくれた。
やるかやらないかはその場の空気次第らしいけれど。

それから数時間経った。

昼休みになって、いつも通り徹くんのところへ行こうとして、ハタと気付く。
……そういえば、徹くんと喧嘩してたんだった。
今行っても徹くんは朝に大嫌いと言ったことで怒るだろうか。
いや、徹くんのことだから、「アレ〜?俺と別れたんじゃなかったの?」
とかニヤニヤしながら揶揄ってくるかも。

廊下でそんなことを考えながら行き先を失ってウロウロしていると、徹くんが遠くに見えた。
わたしを見つけて勢いよく迫ってくる!
なんなの!

両肩をガシリと掴まれて顔をグッと近づけられた。
嫌でも目が合う。

「名前!まさかとは思ったけどほんとに岩ちゃんと付き合ったの!?ねえ!?ウソだよね!?」

岩泉くん、ほんとに匂わせてくれたんだ!
にしても、めちゃくちゃ信じてる様子だけれど、あの徹くんをよく騙せたね。

「普通ならあんなこと言ってても結局俺に戻ってくるでしょって思うけど名前だからね。何しでかすか分からないから、いち!おう!岩ちゃんに付き合ってないよね?とか聞いてみたら、うるせえお前には関係ねえだろ!だって!」

「お前には関係ねえだろって俺名前の彼氏だよ!?」
「……」
「つくづくおバカさんだとは思ってたけどここまでとはね!俺の事大好きなくせになに岩ちゃんと成立させちゃってんの!?」
「…バカじゃないもん」
「バカでしょ!これから先どうする気!?言っとくけどね、岩ちゃんはああ見えて意外と行為に及んだら加減とかできないタイプだよ!!名前みたいに小さい子なんてしんじゃうよ!」
「何言ってるの徹くん!」
「岩ちゃんの夢妄想の話だよ!」

徹くんがゼエハアと息を切らしながら「何言ってんだろ…俺…」とか正気に戻り始めた。

「……大丈夫?」
「言っとくけど、名前のせいで岩ちゃんのあんなことやこんなこと想像する羽目になったんだからね」
「……」

テンパり過ぎたあまり怒りの論点がズレにズレていることに徹くんは気付いているのだろうか。

「まぁ仮に岩ちゃんが名前の告白受け入れたとしても俺はまだ別れること了承してないからね。だからこれは無効!残念だったね!」
「無効なの?」
「そう!名前がどんなに俺の事嫌がっても別れてやんないんだからね!」
「そう……」

徹くん、別れてくれないのか。
えっと、わたしはてっきり徹くんは嘘なんて秒で見破ってくると思っていたのに。
いつものように「名前のおバカさん」と笑ってくると思っていたのに。

この有様はどういうことなのだろう。
完璧に信じ切ってしまっている。

困惑しているわたしを、徹くんは別れてくれないことに困っていると受け取ったのか、顔を歪めていた。

「……」
「……」

沈黙を破ったのは、徹くんだった。

「………名前さ」
「なあに?」
「そんなに岩ちゃんのことが好き?」
「え?」
「名前は俺のことすごい好きなんだなと思ってたんだけど、それが岩ちゃんに対してのものだったんなら、気づかず告白した俺が悪いっていうか…」
「ハ?」

徹くん、何を言い出すの。
言うか言わまいか、迷いに迷ったように、徹くんは重そうに口を開いた。

「もしそうなら、別れてあげても……いいけど……」
「徹くん……?」
「さっきはああ言ったけどさ、好きな子には幸せになってほしいじゃん…」

沈黙した数秒で何か考えているなとは思ったけど、別れようとしていたとは!
徹くんはすごくすごく嫌そうにしている。

「はぁー…」
ため息とか吐いてる。
史上最強に大きいやつ。

「あの、徹くん……」
「…はぁ…なに…」
「嘘、なんだけど……」

ガックリ項垂れてる徹くんに真実を告げた瞬間、徹くんは勢いよく顔を上げて、驚いたようにわたしを見た。

「嘘……?」
「う、うん」
「どこから」
「えっと、岩泉くんと付き合うって言ったあたりから」
「……ハハ…最初からじゃん…」

力なく笑う徹くん。

「ほんとに岩ちゃんと付き合うのかと思った…」
「そんなことになるわけないよ。岩泉くんわたしのことなんとも思ってないし」
「そうかもだけど名前ってドン臭くて構い倒したくなるからついウッカリ岩ちゃんも…とか思ったりして」
「なにそれ」
「うん。わかんなくていいんだけどね」
「……」

わかんなくていいって何よ。
ちょっとムッとしてたら、徹くんは何かを思い出したようにハッとした。

「ていうか岩ちゃんの気持ちどうこうより名前はどうなのさ!岩ちゃんのこと好きなわけ?」
「えっ」
「さっきの言い方だとまるで名前は岩ちゃんのこと好きみたいじゃん」
「友達としては普通に好きだけど…」
「けど?」
「徹くんとは種類が違う好きだよ…わたしは、徹くんのことが大好きだもん…」

あれ?
今とんでもないことを言わされたような!

恥ずかしくて手で顔を覆う。
そんなわたしを、徹くんは嬉しそうに見下ろしていて、ギューって抱きついてきた。

「やっぱ名前っておバカさんだよね」
「バカじゃないもん」
「俺よりも優しくしてくれる人なんて沢山いただろうに俺のことが大好きなんだもんね」

それを言うなら。
徹くんだったらわたしより頭がいい子だって、美人な子だって、もっと性格のいい子だって付き合えるだろうに。

こんなのと付き合ってるなんて、わたしなんかよりよっぽどおバカさんだよ。


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