『大きくなったら、あきくんのお嫁さんにしてくれる?』
『……別にいいけど』

クラスメイトの男の子から告白されて、頭に過ぎったのがこんな昔のことなのだから、わたしはどうしようもない。

「ずっと前から名字さんのこと気になってたんだ」

あまり話したことがなかったのに、急に昼休み人気のない階段裏に呼び出されて、その後の展開が予想できないほどわたしは鈍感じゃないのに、放たれた言葉をどこか他人事のようにきいてしまっていた。

辺りが静寂に包まれて、なにか喋らなければとハッとする。

どうしよう。
もう高校生にもなったんだし、彼氏のひとりやふたりくらい、作ってみてもいいんじゃないか。
そう思うのに、前向きに考えようとするのを昔の思い出が邪魔をする。
いい加減、あきくんとの約束にしがみつくのはやめにしなきゃ。
小さい頃の口約束を未だに信じてるのはあまりにも重い。

「あの、」

とりあえずなにか言わなければと口を開いたところで、階段から誰かが降りてくる気配を感じた。
思わず口を紡ぐ。
告白現場に遭遇するなど、階段を降りてきた人も気まずいはずだ。

「……」
「……」

それは告白してきたクラスメイトの男の子も同じようで、暗黙の了解で2人して口を閉ざす。
でも、男女がこんな人気のないところで正面を向き合って突っ立っていれば、何が起きているのかは一目瞭然なわけで。
あんまり意味は無いのかもしれないけれど。

足音が近くなって、ついには通り過ぎたように感じた。
もう行ったかな?とチラリと斜め後ろを確認する。

「!」

通り過ぎて、もうどこかへ行ってしまったかと思われたその人は、まだ近くにいた。
それどころか、バッチリわたしと目が合ってしまっていた。

きっと、「こんなとこでイチャついてんじゃねーよ」とか思っただろうし、そんなバカップルは地獄に堕ちろとか睨んだ拍子かもしれなかった。

あきくんは、その片割れがまさかわたしとは思わなかったようで、眉間に皺を寄せた表情から一転して目を見開いた。

「……」
「……」

見られた。
よりにもよってあきくんに。

わたしはショックで岩のように固まってしまう。
でも、そもそも感情の起伏が少ないあきくんは、すぐにまた眉間に皺を寄せた、いつもの不機嫌そうな表情に戻って立ち去って行った。

「アハハ。今の気まずかったね!」

わたしとあきくんの関係など知らないクラスメイトの男の子は、おちゃらけてそう笑った。
わたしは苦笑いをして誤魔化す。

「えっと、わたし、あの……」
「あ、返事はまた今度聞かせてよ。とりあえず付き合うとかでもいいんだ。考えといて」
「え!?」

じゃあ!とひとり取り残される。
わたしは呆然としてしばらく動けなかった。



教室に戻ると、友達がワッ!と駆け寄ってきて、どうだった!?告られた!?ときいてきた。

「こ、声っ!おおきい!」

焦って教室内をキョロキョロと見渡す。
友達は「大丈夫。さっきアイツが校庭に行くのは確認したから」と得意げに笑った。

違うの。
わたしが焦っているのは、低燃費のあきくんが大体自分の机から動かないのを知っているからで!

バチッ!とさっきぶりに目が合ってしまう。
あああ、やっぱり聞かれてしまった。

いや、さっき現場に遭遇されちゃったから今更聞かれたところでなんだけれども。
あきくんと同じクラスなこと、今だけすごく恨むよ、神様。

「で、どうすんの?付き合うの?」
「………」
「迷ってんの?そこそこ顔いいじゃん。付き合ってみれば?」
「ううう」

もう付き合うとか付き合わないとかそういうことは微塵も悩む余裕はなく、わたしはただただあきくんにこの会話を聞かれている事実にひたすら焦っていた。
あきくんはただの幼なじみなのだから焦る必要なんてないというのに。
もしここで選択を間違ってしまったら、あきくんとの縁が切れてしまいそうな気がして、その可能性があると思うとゾッとしてしまう。

……こんなの、告白してくれた相手に失礼すぎる。
告白してくれた人とは別の人のことで頭の中をいっぱいにしているなんて。

「……真剣に、考えなきゃいけないよね」
「まあ結婚するわけじゃないんだし、そんな気負わなくてもいいと思うけど、そっか〜名前にもついに彼氏ができるのか〜!」

もう既にOKする前提で話を進める友達。
まだ半日しか経っていないというのに、わたしは既にぐったりしていた。



放課後。
用事があって体育館の入り口近くを通り過ぎようとしたら、ちょうど部活に行くところだったあきくんと遭遇した。

あきくんの方もわたしに気付いたようで、ムスッとした顔で近付いてくる。

そりゃそうだ。
幼なじみがリア充になるなんて、あきくんの性格を考えたらウザくてウザくてたまらないだろう。
もしわたしが逆の立場だったらウザイよりも辛さが勝って息が止まってしまうかもしれないけれど。

謝ろう。
こんなに頭の中があきくんでいっぱいだから告白は断るけれど、リア充に片足を突っ込みそうになったわけだし。
その現場を見させられたあきくんは被害者だし。

あきくん、ごめん。

後一歩近づいたらそう言うと思ったのに、あきくんが口を開く方が早かった。
気が付いたらわたしの目の前まで来ていて、立ち止まる。

「何が、真剣に考える、だよ」

あああ。やっぱり聞かれてた……
とっても、とっても怒っている声に身体が縮こまる。
こんなにあきくんを不機嫌にしたのは久しぶりなので顔を見れず、俯いて自分の上履きを眺めて半泣き。

そんなわたしのことを上から更にジロリ見下ろしてきたあきくん。

「お前は、俺と結婚するんだろ」
「えっ」

思わず顔を上げる。
いま、なんて?
しかしあきくんは、わたしに言葉を返す隙を与えてくれず、サッサと背中を向けて体育館に入っていってしまった。

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