内出血だからきっとだれもきづかない



なんの前触れもなかった、とは言わない。

キャンパス内を一緒に歩いていればどこの講義で知り合ったかも分からないような子に挨拶されるし、2人でいれば女子マネージャーの誰々ちゃんが可愛いだとかをニヤニヤ言ってくるし、電話だというので大人しくテレビを見ていたら不幸にもテレビの中からではなく奴のスマホから女の声が聞こえてきたり。

まあ、つまるところ黒尾は私という彼女がいるものの女の子との関わりがが絶えないし、それを隠そうとしていない。
むしろ私にもオープンなのだ。
女の子と一緒にいるのが悪いとは言わない。
何せ黒尾はモテる。
黒尾が遠ざけようとしても女子の方から寄ってくるというのは百も承知。
黒尾の彼女になるのであればこのくらいでヤイヤイ言ってられぬ。

そんなことを思いつつ黒尾と女子のやり取りにしぬほど嫌気がさし…でもこれまで耐えてこれたのは黒尾がその女子たちと一線は越えず、あくまで彼女は私だと言葉と態度で証明してきてくれたからだ。
私がいかないでほしいと言えば飲み会にはいかなかったし、熱を出して寝込んだときはそれはもうすごい剣幕で飛んできて付きっきりで看病してくれた。
好きだと言えば嬉しそうに「俺も」と返してくれる。私はそんな黒尾がいてくれればそれでよかった。

しかし、そうも言ってられない事態がいま、この瞬間発生した。
嘘だと言って。ねえ。ちょっと。
隣でそんなことを心の中で要求されているとも知らず、黒尾は私から見つめられていることに気付き首を少し傾けながらフワリと優しい笑みを向けるのだった。

その柔軟剤、どこの女が使ってるやつだよ。



昨日、黒尾は木兎と飲みに行くのだと言っていた。
本当は私とレイトショーを観に行く約束をしていたけれど、木兎が手の付けられない状態でどうも一大事らしい。
まさか俺と月島だけに任せるなんて言いませんよね?との怨念の込められた後輩からの電話はさすがの黒尾でもスルーできなかった。
私も赤葦くんのことは知っているが、よく気遣いのできた子で、嫌がらせでデートに水を差すことはしないという信頼がある。
それに木兎という人間も多少は知っていたため、状況は把握できないがとりあえず“手の付けられない状態の木兎”がヤバいことは分かる。行ってあげなよ黒尾。
私もそこまで心が狭いわけじゃない。
映画はまだ公開したばかりで明日でも明々後日でも観れる。
快く送り出す私に黒尾も「悪りい。明日に持ち越しな」と友情を優先したハズだ。

それがなぜ次の日になって知らない家の柔軟剤の香りを漂わせているのか。
服も当然昨日と同じ。
ちょっと待ってほしい。女の家に泊まりました?え?
黒尾はいつも同じ柔軟剤をリピートしているから別のものに買い替えたのが偶然昨日だったとは考えにくい。
まさかあの3人の誰かの家に泊まったとでも言いだしたら…イヤイヤ。フローラルの香りだよ?

たまたま黒尾の足元に転がった消しゴムを拾っただけなのになぜこんなにうろたえなければならなかったのか。
ていうかそれがなかったら黒尾の香りの変化に気付かなかったと思うとゾッとする。

「おい。帰らねえの?」

ポン、と肩を叩かれて横を見ると、もう帰り支度を済ませた黒尾が私を見下ろしていた。
…講義、いつの間にか終わってんじゃん…。
今日はこのまま持ち越された映画を観に行く予定だけれどどうも気乗りしない。

「…黒尾、今日、映画観に行くの…?」
「ハ?当たり前だろ」

何を言っているのだ。と言わんばかりに不思議そうな顔を向けられる。
これで浮気してたら大した度胸ととぼけ術である。

「そ、そーだよね。アハハ」
「あ、もしかして昨日の木兎のこと心配してんの?」
「え?ああ、うん。まあ」

木兎というより!あんたのことが心配なんですけど!
大声で言いたいのを我慢して、昨日ヤバかったみたいだし…とか呟いてみる。
本当は昨日何をしてたのか知りたいだけ。
とりあえず浮気疑惑が晴れなきゃ映画なんて行けない。

「あー、そのことなら解決した。アイツ泣くわ喚くわですげー大変だったけど」
「そ、そのあとは?」
「え?」
「飲み会終わった後は…?黒尾昨日と同じ服じゃん」
「あ〜…えーと」

えっなにこの間。
言葉を選ぶようにしているその様はどうにも怪しい。

「木兎んとこに泊まった」
「………」

木兎がフローラルだというのか!?
にわかに信じがたいことを述べた黒尾に疑惑のまなざし。しかし黒尾に悪びれた様子はなく、まとめ終わった私の荷物を持って「んなことより早くいこーぜ」と笑う。
うーん。この嘘くさい笑顔…
でも黒尾は大体こんな感じだしなあ。とか失礼なことを思ってみる。
結局楽しみにしていたはずの映画の内容はほとんど頭に入ってこなかった。


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