傷口からメルトダウン



あれから、黒尾を避けるようになった。
黒尾のことだから、なんだかんだあっても私の所に戻って来てくれると思ってたから今まで安心してたけど、今回ばかりはどうにもならない気がする。
いや、彼女がいて他の女の家に泊まるか普通?
そもそもずる賢い黒尾があんなに私にばれるような装いで来るかな?
別れる気がなかったらばれないように服くらい変えてくるよね?
これはつまり…どうせ別れるからばれてもよかったということ?

もやもや。
嫌な考えばかり浮かぶ。

黒尾からラインとか電話がちょこちょこ来るけど、全部無視。

そんなことをしてたら、帰り道、待ち伏せされた。門のところに寄りかかってスマホを見てたから、気付かれないようにソロりと歩いて通り過ぎようとしたのに、ちょうど黒尾が顔を上げた。ああ、ついてない。

「…」
「おい」
「…」
「なんで無視すんだよ」
「好きで無視してるわけじゃないよ」
「じゃあすんなよ」
「嫌」
「なんで」
「…黒尾の顔、見たくない…」

今も、黒尾の顔が見たくなくて俯く。
コンクリートの地面と自分のパンプスだけが目に入る。
しんみりした気分だったけどハア、と上からため息が聞こえてなんかムカついた。

「なんだよそれ。俺、なんかした?」
「心当たりないの?」
「そういやお前、この前も俺のせいとか言ってたけどそれなんの、」
「あ!」

遠くに木兎が見えて、思わず黒尾の言葉を遮る。
そういえばここ、道のど真ん中だった。
こんなとこ木兎に見られたら明日どんだけからかわれるか分からない。

「ちょっと、ここ入ろ」
「えっ待っ!…よりにもよってここかよ」

黒尾がなぜか慌ててるけど知らんぷりしてすぐそばにあったカフェに入る。
黒尾と今度行きたいなと思ってたのに、こんな形で入る羽目になるとは。

カウンターで私はアイスティー、黒尾はコーヒーのホットを注文した。
黒尾はレジの女の子の顔を見て、安堵した顔をする。なんなの?
それから店内をぐるりと見渡して、席に着いた。

「で、本当に心当たりないの?」
「あったらとっくに謝ってるよ」

なんかもう面倒くさくなってきてやけくそで聞いたら、黒尾も黒尾でちょっと苛ついたように答えた。
空気がピリピリしてる。

「じゃあ聞くけど、この間木兎の家に泊まったってやつ、あれ嘘でしょ?なんでそんなこと言ったの?」
「え?木兎の家?泊まってねえけど」
「…ハ?」
え?なに?開き直った?

「木兎の家泊まったって言ったよねこの間…」
「俺言ってねえよそんなこと」
「…」
「お前なんか勘違いしてね?」

お互いに何言ってんだコイツ的な視線を交わせてしばしの沈黙。
…いや、ほんとに何言ってんだ?
ていうか、さっきから言い合いのさなかでも妙にキョロキョロ周りを見てる黒尾はなんなの?
真剣に話し合う気ないの?

「…言ったよね?」
「言ってねえよ」
「言った!」
「言ってねえ!」
「言った!」

ついついムキになってヒートアップしてきたところで、周りがシン…と静まり返っていることに気付く。
店内の人が何事だって目で見てた。
居心地の悪さにいたたまれなくなって間を繋ぐようにストローでアイスティーを一気に飲む。
ヤバい。私たち、迷惑な客すぎる。
黒尾も同じことを思ったようでばつの悪そうな顔でこっちを見たと思ったら、私の後ろの何かを見て「ゲッ」っと青い顔をした。
まるで、浮気現場でもみられたような。

…浮気。

「…名前、あのさ」
「…黒尾、真剣に話し合う気ある?」
「…え」
「黒尾のこと避けてたのは悪いと思ってるけど、さっきからなんなのその態度」
「あ、いや、」
「もしかして浮気相手に乗り換えようとしてる?だったら私のことなんてどうでもいいもんね」
「…浮気?」

黒尾の眉が、ピクっと動いた。

「私知ってるよ。あの日木兎じゃなくて女の子の家に泊まったってこと」
「名前それは」
「言い訳は何も聞きたくない!黒尾なんて大っ嫌い!」

言いたいことだけ言って、店を飛び出す。
また大声を出してお客さんに見られてた気がするけど、気にせず走る。
もうあのカフェに行けないよ。大声出して迷惑かけてごめんなさい。

カフェから少し離れたところで息を整えると何か足りない。
…上着忘れた。

黒尾とはこれで別れるだろうし届けられるのは気まずいから嫌だな。
けど今から店に戻るのも…

うーん。と唸っていると女子高生が「あの!」と走ってきた。
手には私の上着が!

「あの、これ…!」
「ごめんなさい、ありがとう…!」
「あの…」
「…?」
「さっき、私もあのカフェにいて」

さっきのを!見られていたというのか!
上着届けてくれたんだからそりゃそうか。

「彼氏さん、すごくショックを受けてるみたいでしたよ」
「…」
「ごめんなさい。余計な事を…」
「いえ、そんなことないです」
「あ!でも!浮気はダメですよね!あっすみません!近くの席にいたのでがっつり聞こえちゃってて!」
「アハハ。大声で言い合ってた私たちが悪いから…うん。でも浮気は許せない」
「分かります」
「上着、届けてくれてありがとう。アイツにちょっとでも悪かったと言う気持ちがあったってだけでも知れてよかったです」
「いえ、あの」
「…はい?」
「すみません。なんでもないです。それじゃあ…」

なんだったんだろう。
じゃあ、と言って、女子高生と別れる。
そっか。ショックな顔してたのか。…私と別れるつもりなかったってこと?
黒尾の気持ちが良くわからないまま。
私たちって別れるんだよね?
黒尾だって私に不満があるから浮気したんだろうし。
大っ嫌いって言っちゃったし。
このまま自然消滅とか?それならそれで…いや、明日黒尾と同じ講義あるじゃん。
気まずい。会いたくない。

そんなことを思いながら、次の日キャンパス内を歩いてたら、赤葦くんがいた。

「おはようございます」
「おはよう…」
「何だかすごく………憔悴してますね。大丈夫ですか?」

いまめちゃくちゃ気を遣われたな。
素直に顔がブサイクと言えばいいものを。

「赤葦くん優しいね…」
「はぁ。なんの事だか分かりませんがありがとうございます」
「そんな赤葦くんと会うのも今日まで…」
「え?」

赤葦くんが、不思議そうな顔をした。

「黒尾と別れると思う…黒尾と縁切ったら赤葦くんとの繋がりもなくなるだろうし…今までありがとう」
「ああ…やっぱりまだ誤解されたままだったんですね」
「え?」
「いや、なんでも」

赤葦くんが、ちょっと考えるみたいな顔をしてから、私を見た。

「それにしても会うのが今日までっていうのは大袈裟じゃないですか?赤の他人になる訳じゃあるまいし」
「なるの!赤の他人に!赤葦くんの顔みたら黒尾を思い出しちゃうでしょ!」
「そんな連想ゲームみたいな」
「いや、私の場合はなるの。黒尾のこと結構好きだったんだよこれでも。赤葦くんを見たら黒尾どこかな!って真っ先に探す自分がいる…」
「それ、どうしようもなくないですか」
「どうにかするしかないの!だから今後赤葦くんはなるべく視界に入れない。月島くんと木兎も」
「無理だと思いますけど。木兎さんは特に」
「私意外と木兎と講義被ってないから平気」
「いや、物理的に…横とびで視界にカットインしてくることが多々ありますから」
「…」

あきれた。
何やってんだアイツ。
赤葦くんのことを可哀想な目で見てたら当の本人が「そんなことはさておき」と言った。
そんなことなの?それ。

「実は俺、名前さんに言っておかなきゃいけないことが…あ」
赤葦くんがチラ、と私の後方を見たかと思ったら

「まーた目を離したら危ないことになってる」

「黒尾…」
「おはよー」

戸惑ってる私とは反対に昨日のことなんて無かったかのように笑う。
あんなことがあったのにヘラヘラしてることがムカつく一方で、いつも通りの黒尾にホッとしたのも事実だ。
やっぱ私、黒尾と別れるの嫌なんだな。

「あ、俺、そろそろ失礼します」

赤葦くんがいなくなった。
黒尾があちゃー…と言う。

「気ぃ遣われちゃった」
「遣わないでくてくれた方が助かるのにー」
「えー?」
「昨日の今日は気まずいよ」
「まぁそうだけどね」

よしよしよーし。
ちゃんと会話出来てるぞ。
えーと。このあとどうすれば…?
このままだと、黒尾と一緒に講義室に行って、流れで隣に座ることにならない?えっそれは嫌だよ!
白黒ハッキリさせなきゃ心労だよ!

そんなことを考えてる間になんか無言になっちゃったし。
どう切り出せばいいの?
内心大パニックな中、黒尾のことをちらっと見たら、バチッと目が合った。
瞬間、口が勝手に動く。

「で、別れるの?別れないの?」


BACK
TOP