目撃者:倉持洋一

試合が終わる頃にはきっと慎ましくなっているだろうと予想していたが、ジリジリと照りつける太陽は未だに元気よく仕事をしていた。

こんな猛暑でもベストな状態で試合に望み、結果を出すことが求められる高校野球。
立ち上がり上々で始まった試合の勢いは止まることなく最終回まで駆け抜けた。
内容はかなり良かったと思う。
ナベがそういうのだから間違いない。
自分でも手応えを感じる試合だった。
しかし、今日のMVPは間違いなく春市だろう。

思えば今日の春市はいつになく気合が入っていた。
どこからそれを感じたのか、と聞かれても具体的にどこだ、とは言えないが二遊間として誰よりもプレー中に関わってきたからこそやはり感じる空気感がいつもと違うことは明白にわかった。

「春市、お前今日なんか雰囲気違ったな」

次の試合は見ておくべき対戦カードであったため、俺たち青道は会場に留まることになった。
少し開始まで時間があるので春市と2人で飲み物でも買ってくるかと席を離れたところで何気なく春市にそう振ると、春市は驚いたようだった。

「そうですか?」
「無自覚だったのか」
「はい」
「なんか…よく分かんねえけど、気迫があった」
「気迫」
「いつもより漢だったっつうか、上手く言えねえけど」
「気合いは入ってたかもしれないです。…いや、入ってました」

「春くん!」

青道の一軍である以上、常日頃気合を入れているのは当たり前のことだが、特別気合を入れる試合でもなかったはずだが。
疑問に思ったところで聞き慣れない呼び方が聞こえて思わず声のした方向へ振り向く。

「名前!」
「久しぶり!春くんすごくすごくすごーくかっこよかった!すごい!すごかった!」
「そんなにすごいって言われるほどじゃないよ」
「そんなことない!本当にすごかったんだもん!お父さんとお母さんにも報告しなきゃ!」
「やめて。恥ずかしいから」
「ええー。かっこよかったのに…」

興奮しながら胸の前にスマホを持ち、今この場で両親に春市の凄さを力説しようとしたこの女子はどうやら春市の知り合いらしい。
春市がなんだか兄のように見えるのは気のせいじゃないだろう。
勢いの凄さにいつも沢村の相手をしている俺でも少し圧倒されてしまった。
春市が女子と親しそうにするなんて珍しいので、いかに凄かったかを幼女のように一生懸命春市本人に伝える彼女との様子は物珍しそうに見てしまう。

「!」
しまった。
ガン見しすぎた。
春市から名前と呼ばれていた女子が視線に気づいたのか、俺を見てキュ、と春一の袖を掴んだ。

「あ、すみません洋さん。紹介しなくて。彼女は幼なじみの名前です」
「…初めまして。名字名前です…」
「どうも。春市の先輩の倉持洋一っす」
「相変わらず人見知りだね名前は」
「これでも成長したんだよ。バイトするようになってね、接客がんばるうちに話せるようなって、そしたら友達も沢山できて…」
「ああ、この前電話で言ってたアイス屋さん?」
「そう!新品のアイスってね、掬うのにすごく力がいるの。だから鍛えなきゃと思って最近は筋トレしてるんだよ」
「へえ。筋肉がついたようには見えないけど」
「そうかな?触ってみて!少しは固いでしょ?」
「本当だ。ちょっとだけだけど固いね」

前言撤回。
知り合いは知り合いでもただの知り合いではなかったらしい。
幼なじみ、と紹介はされたがそれも疑わしい。
なんなんだこの誰も入り込めないこの空間は。

まさか沢村の他にもこうした相手がいるメンバーが青道にいたとは。
こうなってくると降谷あたりに親の転勤で海外へ飛び立った両片思いの相手がいてもおかしくない。
あいつに限ってそれはないと信じたいが。

「あれ、帽子被ってこなかったの?熱中症になるって言ったよね」
「今日寝坊しちゃって、春くん昨日わざわざ連絡してくれたのにごめんね」

しゅん、とするその姿に不覚にも可愛いと思ってしまった。
くそう。春市め。
こんな可愛い子とイチャイチャしやがって。

当たり前のようにエナメルバックから未使用のスポーツタオルタオルを出して名前ちゃんの頭にかける春市。

「春く…」
「いいから。名前が倒れたら僕が困るし」

何かを訴えようとした名前ちゃんの言葉に被せるようにして春市が言う。
「これで少しはマシになるでしょ。」
イケメンか。

そんな春市の優しさを受容した名前ちゃんはタオルの端と端をもって目を丸くしたあと、ふにゃんと目を細めて笑った。

「春くん、ありがとう」
「いいよ。好きでやってるんだし。それよりこの夏は特に暑いんだから、応援あんまり来なくていいからね」
「ううん。私だって好きで来てるんだし。春くんの応援したいもん」

名前ちゃんのことを甘ったるい目で見つめる春市。
これが、あの女の子のような春市だなんて誰が信じるだろう。
2年になって髪をきってから、春市の新しい面(主に表情だが)を数々見てきたが、今回のは過去一貴重で、どう考えても俺が見てはいけないものだ。
この春市の顔は、名前ちゃんのためだけにあり、それを当たり前のように受容する名前ちゃんもまた春市のために存在しているかのようだ。

春市が今日の試合でやけに気合が入っていたことや、男らしかったことを納得させるには充分すぎるものを見せつけられて胸焼けのような感覚を覚える。

ジリジリと照りつける太陽。
頼むからはやくこの2人を溶かしてくれ。


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