「勝己くん…勝己くん…」

これが私の熱を出したときの決まり文句だということは親しか知らない秘密だ。

わたしはあまり風邪を引いたりしないのだけれど、その反動かなんなのかいざ風邪を引くと高熱にうなされて殆ど意識がなかったりする。

だから熱にうなされているときに言っていることは全て無意識なのであり、わざと幼なじみでずっと片思いしている勝己くんの名前を呟いているわけではない。
もし無意識じゃなかったら両親に好きな人がバレるようなヘマを犯したりしない。

幼なじみといえば看病に来ることがアニメや漫画の定番だけれど勝己くんは基本お見舞いに来ない。
前にクラスの男の子から幼なじみなのに行ってやんなかったの?と聞かれて
「うっせーわ!そんなんで移されて皆勤賞に傷がついたらどーすんだ!」
と怒鳴っていて、勝己くんが勝己くんで良かったと心底思った。
うっかり来られてわたしが何か口走ったら勝己くんに嫌われてしまうかもしれないし、そもそも名前を連呼してる時点で相当ヤバい奴である。

そんなわけでわたしが幼なじみの名前を連呼していて両親から熱が出る度からかわれているなんてことは微塵も知らないまま雄英のヒーロー科に入学した勝己くん。
わたしもそろそろ勝己くん離れしなきゃなあと思いつつも結局雄英の普通科にいるあたり、大して進歩してないことは自覚してるつもり。

とは言っても、入学してからの勝己くんはすごく忙しそうにしてて特に顔を合わせることはなくなってしまった。
同じ学校なのに科が違うだけでこんなに会えなくなるなんて。
でも住んでるところはお隣さんだし、お家のまえでばったり会えるかも!なんて淡い期待をしていたら、今度は全寮制になって希望も絶たれた。

ヒーロー科の寮なんて恐れ多くて行けないよ!
普通科の子達はヒーロー科をアイドル扱いだし、なんだかそれに感化されてわたしまで勝己くんのことが遠い存在に思えてきた。
ていうか勝己くん、わたしのこともはや忘れちゃってるんじゃないのかな。

同じく幼馴染みの出久くんなら忘れてないかもしれないけれど、勝己くんだからなあ。
人のことモブ扱いだし、わたしだって幼なじみじゃなかったらモブでしかない。



昼休み。
なんだか朝からフラフラする気が。
勝己くんと違って頭があまりよろしくないわたしは雄英の授業について行くのがやっとで、1日でも休んでしまったら置いてかれちゃうから今日もがんばって登校したけれど。

貧血かなあ。
頭がぐるぐる回ってて、友達との会話も一生懸命返事してるつもりだけれどちょっと何言ってるか分からない。
やっとお昼休みになって、喉がカラカラだから飲み物でも買いに行こうと購買へ向かって歩いていたら、出久くんがいた。

「あ!名前ちゃん!久しぶり!」
「…いずくくん…ひさ、ひさしぶり…」
「入学してから全然会えなくなっちゃったけど、元気だった?」
「うん。げんきだよ…いずくくんすごいね。体育祭とか、すごくかつやくしてて…ええっと…あれ」
ぐるぐるぐる。
えっと。ええっと。
なんの話だっけ。

出久くんが顔をしかめる。

「名前ちゃんすごく顔色悪いよ?大丈夫!?」
「え〜〜ぜんぜんげんきだよ…あれ、いずくくんがゆがんで見える」
「うわあ!これやばいやつだ!ごめんね、ちょっと失礼します!…うわ!すごい熱!」
「ええ?」

そんなに?
とヘラヘラ笑おうとしたら、本格的に立ってられなくて前に倒れ込む。
ドン!と出久くんの胸板に激突して、咄嗟に「ごめん」って離れようとしたけど、ぐんにゃり。
手足に力が入らない。
あれ。これ本当にやばいやつ?
そこで出久くんが受け止めてくれたんだと気づく。
思考が回らない。

「あれ…なんか、やばいかも」
「かもじゃなくてやばいよ!リカバリーガールのところ行こう!立ってられ…ないよね!?僕で申し訳ないけどおんぶする?」

出久くんがテンパリながらまくし立てる。
普段だったら強がるけど、もう限界で頷こうとしたら、出久くんが「あっ」と焦ったような顔をした。


「オイ 何してやがンだ名前」

後ろからするこの声は。
怒ったようなこの声は。

今までずっと会えてなかったのに、とか。
なんでよりによってこのタイミング、とか。
色々な考えが脳内を駆け巡りながら恐る恐る、振り向く。

赤い髪の人と、金髪の人の間にいる。
視界がぼやけてる中で、やけに1人だけハッキリうつる。

「かつきく…」

やっと会えた。
入学してから、ずっとずっと遠くから見てたのに今はこんなに近くにいる。

小さい頃から頼りがいのあるその姿に安心して、意識が遠のいた。









「かつきくん…」

ハッとして目が覚めた。
まだ頭がボーッとするけど、さっきの視界がぐんにゃりとかそういうのは無くなってるからまだまし。

ベッドと枕が硬い。
保健室かなあここ。
出久くん、運んでくれた?
後でお礼言わなきゃ。

ふと、隣から視線を感じて見ると、驚いた様子の勝己くんがいた。

「勝己くん…?なんでここに…あれ?これ夢?」

そういえばなんだか意識がフワフワした感じ。
熱のとき勝己くんがいてくれたことなんてないし、やっぱり夢かなこれ。
じゃないと、勝己くんって名前言いながら起きたの恥ずかしすぎる。
夢に勝己くんが出てくるって、わたしはどれだけ勝己くんのことが好きなんだろう。
こんなことを知ったら勝己くんはドン引きだろうか。

「なに寝ぼけてんだボケ」
「エヘへ」

夢でもやっぱり勝己くんは勝己くんのようで辛辣なことを言ってくるけれど、わたしは勝己くんと久しぶりに話せたことが嬉しくてヘラヘラしてしまう。

「熱出してぶっ倒れやがって。俺様に迷惑かけてんじゃねェ」

迷惑?
出久くんには倒れ込んでしまって迷惑をかけたけれど、勝己くんには特に何かしでかしてしまった覚えがない。
あれ?というか、その出久くんはどこにいるんだろう?
運んできてくれたの、出久くんかと思っていたけれど。
ここにいないのを見ると、もしかして。

「えっまさか勝己くんがここまで運んでくれたの!?」
「じゃなきゃ誰が運んでやンだよ!!アァ!?」
「出久くんとか…」
「てめェ…もしそんなことあったら分かってんだろうなぁ」

分かってんだろうなぁ、て、つまりどういうことだろう…?
話が見えず、首を傾げると、勝己くんの額には血管が浮き出ていて、今にもブチブチっとキレそうな様子だった。
これはまずい。

「あの…勝己くん…?」
「簡っ単に他の男に触られようとしてんじゃねー!このど阿呆が!」

不機嫌マックスで怒鳴ってきたのに驚いて「ご、ごめんなさい…?」と謝れば、フン、と勝己くんは鼻を鳴らした。
わたし病人なのになんでこんなに怒られてるんだろう。

「熱下がったンかよ」
「わかんない……まだ頭がフワフワするけど」
「オラ。測っとけ」

体温計を渡される。
勝己くんはこういうところがマメだ。

なんだか夢なのにやけに現実的。
変なの。

「オイ!!!」
「え?」

勝己くんが焦ったように大声を出す。

「俺がいンの分かってやってんのかクソ名前!!!」
「ええ?だって、こうしないと測れないし…」
「簡単に男の前ではだけるな!背ぇ向けてやれや!」

ワイシャツのボタンを鎖骨くらいまで外してグ、と体温計を入れようと引っ張ると勝己くんはすごい勢いで反対を向いた。

えっと。
勝己くんてこういうの気にする人だっけ!?
幼稚園でのお泊まり会でうっかり替えのパンツを見られてしまったとき「ケッ子どもくせーパンツだな」とか言ってきたのに!
ちょっと耳が赤いのは気のせいだろうか。

「…オイ。まさかデクの前でもこういうことしてねェだろな」
「出久くん?」

まさか。してないよ

今だって、夢だから勝己くんの前でもこうして普通にはだけているのであって、もしこれが現実であろうものならこんな汗でペタリとおでこに引っ付いた前髪なんて見られたくないし、汗くさくないかなあ。ほっぺた赤くなりすぎて引かれてないかなとか色々考えちゃってだめだよ!

…夢じゃなかったら。

想像したら、ただでさえ高いであろう体温がブワッと上がるのを感じる。
わたしが寝てる横で勝己くんがずっと見てくれてて、熱上がってないか心配してくれて、わたしがちょっと肌を出しただけで怒ってくれる。
そんなのありえないけど。
そう考えたら今の状況を作り出してくれてる夢に感謝。

そう思いながら答えると、勝己くんは「あぁ?」と一気に不機嫌なオーラを纏った。

「なに照れてやがンだテメェ」
「え?」
「俺よりクソデクの方が男として見てるってか?アァ?」

あれ?
わたし、答え方間違えた?

勝己くんの普段よりも濃くて少し赤黒く見える目に射抜かれる。

「赤くなんてなりやがって。そんなにデクが好きなんか?あぁ!?」

「さっきまでうわ言みてぇに俺の名前よんでたくせによお!!」

そう言って、さっきまで椅子に腰掛けていた勝己くんが上半身だけ覆いかぶさってきて思考停止する。
顔の横に手が付かれて、勝己くんの目がすぐ近くにあった。

心臓が破裂しそうだ。
夢でこんなドキドキすることある?
なんかおかしい。

「なにこれ……」
「ハ?」
「なんか、すごい、現実?みたいな……」
「ハアァ!?」

勝己くんくんがすっごい気の抜けたような声を出した。

「これ、夢じゃないの……?」
「試してみるか」

何を、と返そうとした唇は、勝己くんの柔らかい何かによって塞がれた。
それの正体が分からないほど、わたしも馬鹿じゃない。

「……えっと…」

ポカンとしていると、勝己くんがプッと笑う。

「ひでー面だなオイ」
「か、勝己くんのせいでしょ!」
「うるせぇ。お陰で夢じゃねーって分かったろーが」

それはそうなのだけれど、夢じゃなかったとしたら……
今までのアレコレを思い出して羞恥が襲ってくる。

「き、きす……しちゃった……」
「俺様のキスだ。光栄に思えよ」
「うん」
「てか熱はどうなったんだよ。お前まだ顔赤けぇぞ」
「……そうだ!勝己くんに風邪移っちゃう!どうしよう!」

そこかよ、と勝己くんは呆れた。

「テメーみてぇな貧弱者の風邪なんか移るわけねぇだろ」
「えっでも、勝己くん、中学のとき……」

移って休みでもしたら内心に響くからと言ってお見舞いに来なかったのと結びつかない発言に疑問を抱く。

そのことを尋ねてみると、勝己くんは ハ、と短く笑う。

「あんなん嘘に決まってんだろ」
「う、嘘!?」
「あの寝言のせいでテメーの親に茶化されんだよ!行けるわけねぇだろ!」
「えっ」
「俺の事好きなのバレバレすぎだろ!ちっとは隠せや!」
「そ、それは……」
「……」
「うちの親が…すみません…あと、勝己くん名前たくさん呼んでごめんなさい…」

なんだか訳がわからないのだけれど。
とりあえず謝る。

えっと、えっと。
勝己くんのこと好きなのが本人にバレてて、でも勝己くんは鬱陶しくしないで保健室に運んだり親切(?)にしてくれて、あとキスしてくれたり……?えっそういえばあのキスってなんだったんだろう!?

だめだ。
考えだしたら熱が上がってきた。

ヘロヘロと再びベッドに横たわる。
もう限界。

「勝己くん…」
「んだよ」
「すき……」
「ハッ」

朦朧とする意識のなか、勝己くんが、わたしの頭をくしゃりと撫でる感触を覚える。

今日はいつもよりも、ぐっすり眠れるような気がした。

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