序章


「伏せろ!!」

 満天の星空が美しい、ある日の夜。
 静寂に包まれる心地良い時間だというのに、ある建物から爆発する音が響いた。
 窓から投げ込まれた爆弾のせいで、整えられた調度品はボロボロに変わり果てる。
 室内にいた三人の人間も、所々に怪我を負った。

「く…罠か…」
「レナータ!」
「!!」

 壁際に倒れていた男性が頭を押さえて起き上がった時、悲鳴が聞こえた。
 顔を上げると、柔らかな金糸の髪の女性が、倒れている女性を抱き起していた。
 急いで駆け寄り、薄目を開いた女性――レナータを見下ろす。

「……えれ……ぶじ……?」

 掠れた声は弱々しい。
 命の灯火ともしびが消えかかっていると感じた女性は、大粒の涙を浮かべた。

「ど……して……? どうしてかばったの!?」
「……しんゆう……だから……」

 弱々しく微笑むアリシアに、溜まった涙がこぼれ落ちた。

「あなたは……まさか、こうなることを……?」

 戸惑う男性が声を絞り出すと、レナータは苦笑した。
 それは肯定こうていだった。

「あなた、は……ボンゴレに……なくては……なら、ない……」
「それはレナータも同じよ!!」

 いきどお>りを込めて叫ぶ女性に、レナータは力無く笑う。

「あなたが、しんだら……でい……は……ふみはずす、から……」

 未来を見通したレナータの言葉に、二人は目を見張る。

「……あの、ひと、に……ごめん、て……つたえて……」
「な……にを、言っているんですか、あなたは……!」

 焦燥感に駆られてレナータの手を握る。
 そして、瞠目どうもくする。さっきまで温かかったはずの体温が、氷のように冷たくなっていたから。

「えれ……。わたしが、あいし……た、ボンゴレ、を……おね、がい……」
「ま……待って。お願い、待って! レナータ!!」

 必死に呼びかけるが、レナータは柔らかく微笑む。
 声が遠い。目の前も暗い。
 それでも最期まで笑った。

「だい、すき……だよ…………あり、が……と…………」

 微かな声で思いを伝えたレナータの瞳が閉ざされ、こめかみに涙が流れた。

 呼吸が……心音が止まる。
 けれどレナータは、変わらず穏やかな微笑を浮かべていた。
 まるで、いつものように眠っているような、あどけない顔で……。

「レナータ!! ぃ……いやっ、いやあああああぁぁぁ!!」

 女性の慟哭どうこくが響き渡る。
 いくら泣き叫んでもレナータは帰ってこない。
 わかっていても、泣かずにはいられない。


 その夜、一つの命がはかなく消えた。


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