うそつきと宝石

またね、の代わりに吐いた言葉は。

……重い瞼をゆっくりと持ち上げた。身体への重みで判断すると、どうやら絵が覆い被さっているようだった。右手には機械を握りしめている。だが、何かがおかしい。
 取り敢えず、絵を脇へ押しやって立ち上がろうとした。しかしそれが思うようにできない。とにかく身体に力が入らないのだ。大きな絵を退かすのもやっとだった。床に面している身体全体が痛い。

 おかしいぞ。

俺は恐る恐る自分の左手を眼前に持ってきて見つめ、理解した。
 これは俺の手じゃない。
三十歳の若い手ではない、皺だらけで真っ白な年老いた老僕の手だ。
俺は絵を手に取ろうとした時 手を滑らせ絵が頭に当たり、踏み台から落下して後頭部を床に強打し、それからとてつもない長い間 意識を失っていたらしい。そんな長い時間、点滴も無しに生きられるものだろうか。そう考えて、右手にずっしりとした機械の不気味な重みを感じた。もしかすると、否、こいつの所為だろう。
目だけ動かし辺りを見渡す。あの時疎らに居た人影が消えていた。
この機械のシステムがいまいち理解できない。時間を止める機械があるのだから、動かす機械や進める機械、巻き戻しが可能な機械だってあるのではないだろうか。
 でもそんなものを探そうとしたって、今の俺は身体を動かすことさえできないのだ。諦めるしか道はない。

これは俺への罰なんだろう。もしかしたらこの機械は俺みたいな人間をこの切り取られた世界に閉じ込める為のものだったのでは。そんな考えが浮かんでは消えていく。そして俺はこれから、そんな限りない思考の連続と共に生きていくことになるのだろう。この状況で俺はもはや「生きている」と言えるのかすらも分からない。



 沙友里、今お前は何をしている?
この機械から解放されて新しい人生を歩んでいるのだろうか。男ができて、子供が産まれていたら大きくなっていることだろう。
俺がその幸せを掴むチャンスだってあった。でも、そうなっていたとしても、そんな幸せさえも途中で投げ出していただろう。そうして彼女をまた悲しませて。

 これで良かったんだ。
俺の手でこの機械を抹消できる。俺が一役買って出た。そういう話にもできるじゃないか。ある意味、俺は沙友里に幸せを与えてやれたんだ。そういうことにしておこう。今までのツケが回ってきたんだ。

機械から手を離せばすぐだ。
なあ、そうだろう?
俺はとことん、あんたのことが大嫌いだよ。あんたも俺のこと嫌いだと思うけどね。



さあ、行こうかな。




-End.-


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