「対」

私とあの人

世界は「対」からなる。
影あるところに光あり。
一方がなくなればまた一方もなくなる。
「対」の関係。
世界が、全てが、何もかもが。
「対」に始まり「対」にして終わる。
こうした関係が世界を育ててきた。
私達は感謝すべきである。
「対」は「生きている証」なのだから。






地球という惑星の中のひとつ。
その地球の「アジア」に位置する東洋の島国。
それが日本である。
日本の中心都市ともいえる東京に私達は居た。

日本時間で午前11時前。
学生達は学校に行っていて、サラリーマンは会社に行っていて。
普段、人通りが多い十字路や商店街なんかもやけに、がらんとしていた。
皆が一生懸命汗水垂らして働いている時間帯に、私は何をしているのかと言うと。
切れかけたお茶の葉の買い出し、である。
本来、私の年齢ならば友達と楽しいスクールライフをエンジョイしている筈なのだが、私は諸事情により義務教育期間しか学校というものに通ったことがない。
こう言うと自由さから羨ましがられるだろうが、出来ることなら私は学校に行きたい。
退屈な毎日に飽きてきたからだ。
刺激に飢えている今日この頃なのであった。

大型デパートに入り、お茶の葉を求めて歩いた。
このデパートにはお世話になっており、「常連で賞」を貰っても良いくらい売り上げに貢献しているのではないかと思う。
そもそも何故私がこんな昼間からデパートに出向いてお茶の葉を買おうとしているのか。
いや、お茶が飲みたいからなのだけれども。
事の始まりはとある人物の一言からだった。

「茶っ葉切れるねぇ…買って来てくれないかな?」

勿論、私は拒否した。
しかもこの人が言っている茶っ葉はお茶の葉ではなく紅茶の葉なのである。
「自分で買いに行けばいいのに」と言うと「ついでだから」と返される。
そのまま「はいはい行ってくればいいんでしょ本当に人使いが荒いんだから」と毒づいて返事をした。
しかしあっさりそれを受け入れることもしたくなかったので、簡単に決まる方法で決めてしまおうと思い立った。
昔からよく決め事で使われる「ジャンケン」が良いと私はその人に持ちかけたのだったが…。

お茶っ葉を求めて歩いていた私は歩みを止めて、己の手のひらを見つめた。
何で私はあの時、パーを出したのだろうと後悔しながら。

誰かから「人間はジャンケンをする時、咄嗟に出し易いものを出すのでグーを出す確率が高い。なのでパーを出せば高確率で勝てる」というゲーム理論を聞いたことがある。ちなみにあいこになった際はそのあいこの手に負ける手を出せばいいらしい。つまり「パー」、「グー」、「チョキ」の順番に出していけばいいのである。
それに従って私はパーを出した。
しかしあの人はそれを知ってか知らずか、チョキを出しやがりまして。
結局、私が買い出し係になってしまったのだった。

なんてこったい。
やっぱり私は基本的に運が悪いのだ。

でも済んでしまったことは悔やんでも仕方がないので次回は「大阪ジャンケン」を持ちかけようと思う。
なんて言っていると次は勝ってはいけないのに勝ってしまいそうである。
これが俗に言う「フラグ」というやつなのだろうか。

眉根を寄せて悶々と思考を巡らせながら紅茶の葉を求めて歩き進む。

ふと思い出す。
あの人は何の味が好きなんだっけ?

紅茶が好きなのは良いけれど、あの人は何十種類もの紅茶を飲んでいるわけで。
最近は日替わりランチみたく、日替わりで紅茶を飲んでいるので、これが好きなんだというものを私は知らない。
困った。本当に知らないのだ。
アッサム?アールグレイ?
それともラプサン・スーチョン?
しかもティーバッグは嫌だと聞いた覚えがある。
まったく、文句の多い人だ。

あの人に電話を掛けようと上着のポケットに手を伸ばす。
そこで初めて、私は携帯電話を携帯し忘れたことに気付いた。
こんなにも私は物忘れが激しかっただろうか。
いや、今日はたまたまに違いない。

そこまで考えて、私は賭けに出ることにした。
店員さんに丸投げしよう。
おすすめされたものをいくつか買っていけば、ひとつくらい好きな味の葉が当たるはずなのだ。
数撃ちゃ当たる精神である。
私は紅茶の葉が売られている角のコーナーで店員さんにおすすめを尋ね、奮発して5種類の葉を購入した。
とはいえ、私の懐から出ていくお金ではないので痛くも痒くもない。

私はあの人に勝ったも同然だと、上機嫌になりデパートを出て帰路についた。
ああ、心なしか気持ちがスッキリしている。
行きの道で沈んでいた心模様が嘘のようである。
そのまま来た道を戻って、家に帰った。
あの人と住んでいる家もいつもより温かみを感じる。

「おかえり。きちんと買ってこられたかい?」

私は満面の笑みを浮かべて紅茶の葉の容器が入ったエコバッグを手渡した。
その人は中を覗いて、私の頭に手を置いた。

「君はやっぱりアホなのかな。でもありがとう」

ぺちん、と一度頭を軽く叩かれてしまった。
訳も分からず見上げれば、その人は悪戯っぽい笑みを浮かべていて。
その顔を見て、やっぱり変な人だ、と思った。

「そこの茶葉はわたしの一番好きなメーカーの隣の店だよ」

おっと、そうきたか。
どうやらフラグは二段構えだったらしい。
私はがっくりと肩を落として、部屋に戻って失敗を隠すようにベッドへダイブした。



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