鏡合わせの僕らについて

終わりの合図は突然に。

うちの大学には白鷺鳥(しらさぎどり)という苗字の兄妹がいる。
そのうちの一人、ユウマはこの僕だ。
ラノベの主人公みたいで、どうにも好きになれない。
もう一人は、リト。僕の義妹である。
どうやらリトはこの苗字を気に入っているらしかった。
今までの苗字が平凡だったから嬉しい、と。
なるほど、そういう考え方もあるのかとその時は納得したのだった。




それを知らされたのは昨晩のことだった。

「―――死んだ?誰が?」

電話口で僕は驚きも無く淡々と聞き返す。

「リトよ」

母は静かに、冷静に答えた。

「…無いだろ。夕方まで元気だったんだし。そもそも何で、」
「ユウマ。落ち着いてしっかり状況を飲み込んで頂戴。あなたはもういい大人なのよ」

随分と冷たい言葉だと思った。
リトが死んだのならもっとこの人は悲しんでも良いはずの人間だ。
養子として迎え入れたリトを目一杯可愛がってきたのは母なのだから。
それを表に出さないということは親という立場上、我慢しているのだろう。
気持ちは分からなくもない。

「今は病院?」
「ええ。通夜も葬儀も親族だけで行うことにしたわ」
「それはいいけどさ…母さんまで倒れんなよ」
「…っ、わかってるわよ…」

涙声で母はそう言った。




リトは強い子だった。
性格も良くて皆から慕われて、優しくて。
本当に良い子だった。

そんなリトが今、僕の目の前で棺に入って静かに眠っている。

この姿を見ても未だに実感が湧かないのは、きっと―――…。

「うっわ…本当に死んでるんですけど。えー、やば、実感無いや」
「………」
「綺麗にお化粧されちゃって。私、めっちゃ綺麗じゃない?ね、兄貴」
「……」
「聞いてる?ねぇねぇ、無視しないで。ただでさえ他に誰も視える人居ないんだからさぁ。てか暇なんだけど。早く帰りたぁい」

そう、本人が僕の隣に居るからである。

ふわふわと空中に浮いているリトは何故か高校の制服を着ていた。
お前、大学生だろ…と思いながら僕は母に声を掛けトイレに行く振りをして外に出る。
外の簡易的な喫煙所で煙草を吸い、深く息を吐いた。

「…お前さ、バカなの?」

リトを見上げそう言い放てば、一瞬 呆けて口端を引き攣らせた。

「うわぁ…第一声が罵倒ってどうかと思う…」
「引いてる場合か!大体、あんなとこで喋れる訳ないだろ。変人じゃねーか」
「知っててやってるの」
「最悪だよ」

がしがしと頭を掻いて、僕が舌打ちすればリトは嬉しそうにクスクスと小さく笑った。

「何だよ」
「いやぁ。兄貴が必死だから面白くて」
「誰の所為だと思ってんだ」
「私だねぇ」
「……てか、マジで何なの、お前。その…幽霊ってやつ?」

リトの肩へと手を伸ばす。
しかし思っていた通りすり抜け、触れることすらままならない。

リトは満更でもなさそうな顔で一度頷いた。

「そうよ。私、幽霊になったの」
「コスプレじゃねーか」
「美少女は何しても許されるのよ」
「はいはい」

リトが満面の笑みで告げた冗談を軽く流して、僕は紫煙を燻らす。

「兄貴、禁煙してたじゃん。続いてたのに何で吸っちゃったの?」
「別に。理由なんてねーよ」
「あ。まさか私が死んで悲しい通り越してイライラして吸っちゃったとか?まさかね」
「……」
「え、図星?ウケる」
「もうお前黙ってろ」

乱雑に煙草を灰皿に押し付け、火を消して深く息を吐いた。

「もう戻るから大人しくしてろよ」
「えー」

ブーイングを零しながら僕の後をふよふよと着いてくるリト。

絶対に大人しくしないだろ、こいつ。




あの出来事から数日が経過した。
相変わらずリトは僕の後を着いてきている。
身内とはいえ、あまりずっと傍に居られるのも窮屈なものである。

「なぁ、リト」

大学から帰って、真っ先に声を掛ける。

「なあに」
「何か未練でもあるのか?」

斜め上を見上げて、尋ねる。
リトは近所の高校のセーラー服を着ていて、ふよふよと浮いたまま、きょとんとした顔をする。

「あはは、何言ってるの兄貴。この私が?未練?そんなのあるわけないじゃん」

そう言って長い髪を揺らしてリトはけらけらと軽く笑った。

「じゃあなんで…」
「そんなの私に訊かれてもねぇ」

困るんですけど、と言いたげに苦笑するリト。

僕に憑く理由なんて未練があるからに違いないと思ったんだが。

「たとえばさ、何か忘れてるとか」
「えー…私、兄貴より記憶力いいからなぁ」
「うぐっ」

事実を突き付けられて僕は鈍く呻いた。
その日、何度も確認するようにリトに尋ねたが、これと言って良い回答は何も得られなかった。



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