「無題」

結ぶ



「やって」

文乃くんの『お願い』は唐突なものばかりである。
それに加えて大抵 主語がないので、行動から汲み取らねばならず実に面倒ではあるが、それを嫌だと思っていない僕もまた僕である。



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「今朝は髪を結わえる時間もなかったのですか?」

髪ゴムと赤色のリボンを受け取って、文乃くんに隣に座るよう視線で促す。
文乃くんは、そうなのよ、と言って素直に僕の隣の椅子に腰掛けた。
爪先でトンと床を蹴ると、文乃くんは椅子ごとくるりと回る。

「犬が吠えたの」
「おや。文乃くんの犬嫌いは相変わらずですね」
「きっ、嫌いじゃないし…。嫌いと苦手じゃ天と地ほどの差があるもん」
「苦手なことに変わりはありませんがね」

そう返せば、文乃くんから不機嫌オーラが漂い始めた。

「ほんっと、夢の中にまで出てくるなんてサイテー」
「ああ、現実の話ではなく…」

文乃くんの髪を櫛で梳き、絡まりの少ない滑らかな髪を髪ゴムで結わえていく。

「この後、授業出るでしょ?物理と数A、それから書道」
「ええ。文乃くんと交代ですね」
「体育で疲れたから寝るわ。終わったら起こして」

僕はその言葉に手を止め、思案する。

「今日は先生が戻るはずでは?」
「明日に延期。いつも通りでいいって」
「そうですか」

出来ました、と文乃くんに声を掛けて鏡を手渡す。

「編み込み苦手だって言ってた癖に」
「文乃くんの機嫌が悪かったので頑張りました」
「ふぅん…。35点ってところね」
「意外にも高得点で驚きです」
「100点満点中に決まってるでしょ」
「手厳しいですね」

櫛を片付け鞄を持ち、部屋を出ようと足を踏み出せば、文乃くんに呼び止められる。

「何でしょう」
「帰り、行きたいとこあるから」
「わかりました。デート、楽しみにしていますね」

軽く笑って退室すれば、閉めた扉に枕が勢いよく投げつけられ、文乃くんが大きく声を上げた。
それを扉越しに聞きながら、僕は上機嫌なまま教室へと大きく足を進めたのだった。



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