うそつきと宝石

秋色と冬の音

 俺は沙友里と並んで人の行き交う街中を歩いた。交差点を無数に人が渡っている。忙しなく歩く人、携帯の画面を注視しながら歩く人、子供連れ、カップル。異様に日焼けして大袈裟な荷物を背負ったホームレスと思しき初老の男も居た。
 日は暮れかけていた。秋の夜はつるべ落とし、もう夜の闇が街を覆い尽くすのにも時間はかからない。空にはのっぺりとした大きな雲が黄色のような、桃色のような、なんとも奇妙な色に染まっている。


 良い身なりをして綺麗な女を連れた若い男もちらほら見受けられる。俺も真っ当な人間だった頃には女の一人や二人は居たものだ。月曜から金曜まで汗をかいて働き、給料を貰って、休日になれば映画を観たり公園でお喋りをしたり食事をしたり。俺にもそんな時代があった。熱心に付き合って結婚を考えていた女も、俺が職を失い金がなくなるとあっさりと去って行った。女なんて懲り懲りだとその時思った。
 今の俺はどうだ。盗難車で若い女を狙ったり、その他諸々の犯罪まがいな行為や汚い手段で手に入れた金で食いつないでいる。だがまあ、それはいい。俺はこれからだ。あの機械を手に入れてどんでん返しを演じてやる。


 今は沙友里という美人を連れているだけで多少の優越感にも浸ることが出来る。こんな身なりで沙友里の隣を歩いているのを見ても、誰も俺を恋人とみなす人間は居ないだろう。でもそんなことはどうでもいい。俺はこれからなんだ。これから、俺は金持ちになる。絶対に大仕事をして海外に高飛びし、優雅な人生を送ってやる。誰もが羨むような優雅な暮らしを。


 でもそんなことを考えていたら急に虚しさに襲われた。何故だろう。ずっと前から心に小さな穴があいている…いや、心の真ん中に黒い染みが出来ていて、それが少しずつ蝕んで大きく広がっていくような…。
 初めて犯罪に手を染めた頃からそれは発生し、胸の奥から大きくなり始めた。
 俺の人生はこれでいいのだろうか。誰かにここから引き摺り出して欲しかった。そう強く思うことは何度もあったが、誰も俺の前に現れてはくれなかった。仮に現れていても、気付きはしなかった。
 真っ当に生きるのはある時、ふと苦しさを感じる時がある。皆、時々やってくるそんな辛さに耐え、足を踏み外さずに生きているのだ。一度堕ちてしまったら、その滑りやすい丸太の上に登ることは容易ではない。
 ならばこの胸に広がる痛みと共に生きるのか。そう、俺にはその方が向いているんだ。痛みにはもう慣れた。
 俺はもう善良な一般市民には戻れない…戻れないんだ。



← 戻る
Top page