恙無く日々は過ぎ、高校最後のIH 1日目。
箱学、総北、京伏の三つ巴が火花を散らしていた。

巻島が来ない。
小野田が来るまでオレは前に出ない、と宣言されたようなものだった。

メガネくんが来る?
落車したのに100人抜いて戻って来る?
馬鹿馬鹿しい。
そんなこと出来るものか。
しかし心の片隅で、僅かながら希望を持っている自分がいた。
巻ちゃんと走りたい。
このIHで決着をつけるのだ、と約束したから。

「キャー!東堂様ー!」
「いつもの指差すやつやってー!」

コース脇から歓声が聞こえる。
いつものように格好良く決めて走るのだ。
そう思っていたのに、オレは観客に向けてビシッと指を差すことはなかった。
何をしている、東堂尽八。
全く、らしくない。

「もう、余裕はないのだ」

最後の公式試合であるというにも関わらず、この寂しさは何だろう。
巻ちゃんが居ないから?
約束をしたのに果たすことが出来なかったから?
ただ、ひとつ、理解できることがある。
オレはジャージをメンバーに託さねばならんということだ。

「準備しとけよ馬鹿野郎ッ!!」

東堂はハンドルに拳を叩きつけた。
14戦7勝7敗に終止符を打つ時が来ているというのに!
折角のチャンスだったのに!!

そこまで考えた時、観客がざわめいた。

「何だあのダンシング!」
「フラフラじゃねぇか!」

フラフラなダンシング、だと?
そんな筈はない…!
だってアイツは!
そう思っていても期待してしまう。

そして、やって来た。

「よお、東堂!」
「…ッ!巻ちゃん!!」

ああ、なんということだ!
メガネくんは本当に100人抜いてきたというのか!

「クハッ!どうだ、コンディションは!」
「たった今 絶好調になった!!!」

互いに全力を出し合い、走る、走る、走る。
頬を伝う汗も気にせず、東堂と巻島は走った。
ふと、過ぎ去る観客を横目で見て、ハッとした。

一瞬だった。

そこに居るはずのない、彼女を見たのだ。
東堂は口角を上げ高らかに笑う。

「見ていてくれ姉上!山神を決める最高峰のレースだ!!」

東堂は持てる限りの力を尽くし、ペダルを回した。








ほんの数センチという僅差で、東堂は山頂リザルトを取ることに成功した。

「はは、全力を出し尽くしたな。手が震えている」

荒い息を繰り返しながら東堂は巻島と手を合わせる。

「巻ちゃんがいてくれたから、オレは此処まで来れたんだ」

東堂は一片の曇りもない心からの言葉を述べた。

「オレもショ。ありがとうな尽八」

真っ直ぐ東堂を見て巻島もそう言い放った。



暫くして選手控えのテントに戻って来た東堂は、喉を鳴らしてドリンクを流し込んだ。

「尽ちゃん、お疲れ様」
「あ、姉上!どうして此処に!?」

東堂はタオルで汗を拭い、双葉に駆け寄った。

「温泉饅頭を届けに来た」

そして、東堂の頭を撫でる双葉。

「山頂リザルトおめでとう」
「…っ!ありがとう!」

温泉饅頭を受け取って、双葉に尋ねる。

「姉上、巻ちゃんとは会ったのか?」
「今から向こうに行くところだ。先に尽ちゃんの顔が見たくてな」
「そ、そうか…」

頬を微かに赤らめる東堂。
憧れていた姉に見てもらえていたなんて。
ぐっと嬉しさが込み上げてくる。

「福富、テントに入らせてくれてありがとう。他の皆も元気そうで何よりだ」
「双葉さん、お久し振りです」
「ああ。新開は相変わらずだな。荒北はリタイアしたと聞いたが?」
「靖友ならこっちに居ますよ」

奥で横になっている荒北の傍に近寄る双葉。

「無茶しやがって」
「ハ…ッ!久し振りッスね…」

荒北のトゲトゲしい口調も、今だけは何処か柔らかかった。

「よく頑張ったね」

頭を撫でれば荒北はそっぽを向いて、ッセ!と呟いた。

「では私は巻ちゃんに会って来る」
「姉上、宜しく言っておいてくれ」
「ああ」

そう言い、双葉はテントから離れていった。

「そろそろ表彰式の時間だ」
「フク、真波はどうした?」

その声を聞いたからか、真波が姿を現した。

「泣いてるとこ、見られたくなかったので」

そう言って笑顔を張り付けた。

「オレ達は王者だ。その意味が分かるな?」
「…はい」

福富は一拍置いて、

「来年は頼んだぞ」

強く言い放った。

真波も力強く、はい!と答えるだけだった。



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