城の城壁は高い


 

何故か私が家庭教師をすることになった。
きっかけは何てことのない、母親の頼みである。

「何でそんな面倒なことしなきゃならないの」
「双葉は飲み込み早いし教え方も上手だし。ね?」
「イヤ。断ってよ」
「実はお母さんね、もうOKしちゃったの」
「はぁ!?」
「でもお給料高いわよ?」

その言葉にソファで寝転がりながらアイスを咥えていた私は顔を上げた。

「時給いくら?」
「1900円よ」
「…何でまた家庭教師?」
「どうしても早く先生が必要らしいの」
「ふーん…」

そんなに成績が悪いのだろうか、問題児だったら面倒だなぁ、と思案する。

「……少しならいいよ」
「本当?ありがとう」

早速連絡しておくわね、と上機嫌の母親にアイスを舐めながら頷く。
時給1900円という魅力的な数字に、私は負けてしまったのだった。






週の始まり、月曜の放課後。

「黒田さん…黒田さん……此処だ」

大きく構えた玄関のチャイムを鳴らし、少しして扉が開く。
そこから銀髪の男の子が顔を見せる。
その子は箱根学園の制服を身に纏っていたので私は思わず、げっ…箱学生かよ…、と言葉を溢してしまう。
幸いそれは聞えていなかったらしく、黒田くんは笑顔で私を見つめた。

「栗崎さんですね。お待ちしていました。どうぞ」
「あ、はい。お邪魔します」

思わず敬語で返し、案内された部屋に足を運んだ。
部屋の中は綺麗に物が整理整頓されており、どうやら問題児ではなさそうで私は安堵の息を吐いた。

「これから受験まで宜しくお願いします」

待って。
受験までとか聞いてないんですけど。

「私が忙しくなったら辞めるから」
「その時はその時です」
「じゃあ今日は数学ね」
「はい」

教科書とノートを取り出した黒田くんは早速、私が指定した基礎問題を解いていく。
暫く問題を解かせていたが悩む様子も見受けられず、私が必要だったのか甚だ疑問である。

「栗崎先生」
「なに?」
「先生も箱学生っすよね?」
「…なんで、」
「学校で見たことあるんで」
「あー…」
「荒北さんがよく話してますし」
「は!?え、何で荒北、」
「オレ、あの人の後輩なんすよ」
「えっ、じゃあチャリ部…?」
「そうっす。あっ、オレ、来週の中間が終わったら寮に戻るんで」

何故知られているのか、という原因は腐れ縁の男の所為だった。
荒北、許さない。
しかしこれまた奇妙な縁だ、と思う。
何で私の周りはロードバカしか居ないのだろう。

「栗崎先生のお兄さんってロードレーサーなんすよね?」
「は?」
「荒北さんがそう言ってました」
「……そう」

荒北には明日、エルボーを食らわせてやろう。

「そうだけど、それが?」
「今度、家に遊びに行っていいすか?」
「…私の城へ入れろと?」
「生のお兄さんが見たいんすよ!」

爛々と瞳を輝かせる黒田に双葉は、そういうことか…と納得した。
私の城である家には兄の写真や輝かしい栄光であるトロフィー等が飾られている。
誇らしいと思うと同時に、私はその才能に嫉妬していた。
だからあまり兄の話はしたくないのだが、今回は仕方がない。

「次のテストで5教科合計480以上取ったらね」
「約束っすよ?」
「うん。嘘はつかないよ」
「っしゃ!」

更に集中してガリガリとペンを走らせる黒田くん。
別の意味で面倒な子に捕まってしまったなぁ…と思いながら私は黒田くんの母親から貰った差し入れのケーキをもぐもぐと咀嚼した。



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