五分咲き


 

IH当日がやって来た。
開会式で「箱学ぶっ潰しまぁす」と宣言をしたボクゥは京都伏見のテントでパイプ椅子に座り、思案する。

双葉ちゃんを好きやと自覚してからは時の流れが速かった。
いつの間にか目で追うようになって、気付いたらいつも双葉ちゃんを探しとる。
せやけど双葉ちゃんには好きな人が、彼氏がおって、彼女はボクゥのもんやない。
幼馴染みゆうポジションがどれだけ心地良いもんやったんかを今更痛感した。

「御堂筋。時間や」

テントを覗き込む石垣クンの言葉にボクは顔を顰める。

「…御堂筋くんやろ」
「もう皆揃ぅとるで。御堂筋、くん」
「分かっとるわ。先行きぃや」
「おん。はよ来ぃ」

テントを出て行く石垣クンを横目で見、小さく息を吐く。

集中するんや。
今は忘れるんや。
ボクゥには勝利しかあらへん。
一番取って、そんで。

「…ほんまキモいわぁ」

舌打ちしてボクはテントを出て、じりじりと照りつける日差しを受け地面を踏みしめる。

熱い、熱い、三日間の始まりや。






後続のザクを引き連れ、前を走る連中の真横に並ぶ。
黄色。
ボクゥの好きな黄色とは別の。
総北高校。
無名の高校が縦一列に並んで引いとる。

「まだこんなとこにおったん?マメトサカクゥン」
「御堂筋…!」

赤髪の小さな男、マメトサカはボクゥを睨む。
痛くも痒くもあらへん視線にニヤリと笑えば、マメトサカの顔が歪んだ。

「はよ前行かんと箱学に置いてかれるでぇ?」
「うっさい!ワイらにはワイらの作戦があるんや!」
「しょーもないこと考えとるんやろうなぁ」

口元を押さえ、嘲笑してやる。
歪む、表情。
ほんまおもろいわ。

「なぁ、御堂筋」
「なんやの」
「お前んとこのマネージャー来とんの?」
「はぁ?」
「京伏におるやろ。女子マネ」
「おらんよ」

誰のこと言うとんねん、こいつ。
怪訝な顔でマメトサカを見れば、心底驚いた顔をした。

「女子マネちゃうんか」
「キミィ何の話しとんの」
「栗崎双葉いう子やで?ワイはてっきり女子マネやと…」
「双葉ちゃんがなんやて」

こいつ、なんで双葉ちゃんのこと知っとんねん。
接点ないやろ。

マメトサカはボクゥを見て、ニヤニヤと笑い出した。

「なんやお前知らんのか。サイクルタイムズのIH前特集にその子が載っとったんやで。まぁ、あれは隠し撮りやろうけどな」

ホンマえげつないわ、とマメトサカが呟く。

双葉ちゃんがサイクルタイムズに、それも隠し撮りの写真が。
なんやそれ。
ボクゥそんなんなんも知らんで。

「ププ…揺動作戦かなんかのつもりなん?そんなんボクゥには効かんよ?」
「ちゃうわ。ただの興味や」
「そうか。ほな行くで、ザク」

ボクゥは後続のザク達を引き連れてペダルを強く踏み、前へ出た。






箱学を追いながら後方のザクに声を掛ける。

「石垣クン」
「なんや、御堂筋」

またもや呼び捨て。
こいつ誰がエースや思うとんねん。
舌打ちをし、マメトサカの言葉を思い出す。

「いつ取材来たん」
「…は?」
「は?ちゃうよ。取材受けるな言うたはずやで?」
「ああ、サイクルタイムズのことか。しつこかったで5分だけ受けてもうたんや。せやけどすぐ帰ってくれたで」

ほんまに取材拒否言う言葉の意味分かっとんかこいつ。

「せやったらあの写真なんなん」
「写真…?」
「うちに女子マネなんかおらへんよ?」
「栗崎さんのやつか」

石垣クンは眉を下げて言葉を続ける。

「あれは…差し入れ持って来てくれた時に撮られてもうたんやと思う。迂闊やった。まさか盗撮されるなんて思わへんだんや」

ホンマすまん!と言う石垣クンにボクゥは眉間の皺を深くした。

「ボクに謝ってどうするん。お門違いやろ」
「栗崎さんにも謝ったんよ?せやけど、いいんです。気にしないでください。私は大丈夫ですから、言うとったんや…せやで俺も安心してもうて…」

あのアホ。
写真なんか昔から嫌いやないか。
何が大丈夫や。
トラウマある癖に強がっとる場合ちゃうやろ。

「IH終わったらもっかい謝り」
「ああ!勿論や!」

遥か先、視界の端に箱学を捉え、ボクゥは低い声でザクを呼ぶ。

「お喋りは終いや。行くで」

ペダルを踏んで加速する。
落とすは、王者箱学。






箱学に煽りは通用せん。
後続のザクは早々に落ちた。
計算通りや。
ボクが一番を取ればそれでええ。
リザルト前、最速でペダルを踏む。

ふと真横を見てしもうた。
余所見しとる場合ちゃう。
せやけど。

「…ッ!!」

ボクは前を見据え、千切れそうな足を限界まで回した。






熱いIHが終わりを告げた。
あっという間に過ぎ去った三日間。

テント内のベッドに横になったまま、天井を見上げた。
静まり返ったテントにはボクしかおらん。
ザクは鬱陶しかったから追い出した。

潰せぇへんかった。
それどころか優勝を取ったんは無名の総北。
ボクゥの嫌いな黄色が何もかも奪ってった。
血に汗滲む走り込みと戦略が通じへんかった。

こんなん御堂筋翔やない。
ボクゥは一番やないとあかんのや。

奥歯を噛み締め、天井を睨む。

「……もう走る意味なんてあらへんなぁ」

ボクゥは何の為に走っとったんやっけ。
一番やなくなってもうて。
弱者に成り下がってもうた。
もう、意味なんて。

じゃり、と靴が小石を踏む音が耳に届く。
目を動かしてそちらに意識を向けた。

「かけるくん」

なんで、キミが此処に。
目を丸くしてボクはゆっくり上半身を起こした。

「なんや。笑いに来たんか」
「ちゃうよ」
「惨めやろ。潰す言う宣言しといてこのざまや。ボクに構わんといてくれ」

ふわりと包まれた。
一瞬遅れて、双葉ちゃんの腕の中に居るんやいうことを理解する。

「笑いたいんやったら笑えや」
「笑わんよ」

ボクゥの頭に小さな掌が伸びる。
撫でられ、尖った言葉が喉奥で消え失せた。

「かけるくん」

柔らかい声。

「ちゃんと見とったよ」

温かい掌。

「かっこよかったなぁ」

既視感。
視界が、黄色に染まった。

ボクの丸まった背中を優しく撫でる双葉ちゃん。

「よぅ頑張ったね」


"よぅ頑張ったなぁ、あきら"


ああ、なんて懐かしい。

ボクゥは双葉ちゃんの腕に抱かれたまま、目を瞑る。

ボク、頑張ったで。
一番、取れやんくて堪忍な。
来年は絶対逃さへんから。

「双葉ちゃん、おおきに」

テントの外では、表彰式の拍手と歓声が響いていた。


←戻る

book / home