あまい、あまい。
「あ、き、ら、くーん!」
「ピギィッ!」
どーんと背後からタックル、もとい、抱きつけば翔くんが奇声を上げた。
「キモッ!何すんねん」
「あはっ、おはよぉさん」
「何しとん言うとるやろ」
翔くんの大きな手が頭を容赦なく掴み、私は「いだだだだだ」と悲痛な叫びをあげた。
「翔くん酷いぃぃ!頭凹んだら責任取ってよ!」
「プクク…キミの頭は豆腐かなんかなん。弱い、弱いなぁ」
「あ。今日のお弁当ね、お豆腐入れたんよ」
私達の会話が噛み合わないのはいつものことで、まぁ私が合わそうとしないだけなんだけど、翔くんは逃げずに少しだが話をしてくれるようになった。
最初は話すら聞かずに逃げられていたので、この三ヶ月間の私の努力は少しずつ実っているらしい。
キモいだのアホだの暴言は一向に減らないが。
「なぁなぁ翔くん」
「キミィしつこいね。ゆぅかなんやのそれ」
「それ?」
翔くんはジト目で私を見つめ、
「なに勝手に名前で呼んどんの。許可した覚えないで」
「ええやないの。翔くんは翔くんやもん」
「キモッ」
嫌そうな表情で綺麗な歯をカチンと合わせた。
「私のことも名前で呼んでくれてええんやよ?」
「ボク、キミの名前知らんよ」
「あれ、珍しく素直やね。呼んでくれるん?」
「ピギ…そんな訳あらへんやろ。最高に嫌がるあだ名つけたるんよ。感謝しぃや」
「うわぁ…翔くんらしいなぁ」
私はコホンと咳払いをして、視線を泳がしながら言葉を紡ぐ。
「山田クリスティーナだよ」
「偽名なんか他にあったやろ。無宗教の癖に何がクリスティーナや。キミィほんまネーミングセンス皆無やね」
「ううううるさい!」
私が悩みに悩んで導き出した答えだというのに…!
翔くんは、まぁええわ、と言って私に背を向ける。
「またお昼ねー!」
ぶんぶんと腕を大きく振る私の言葉を無視して教室へ姿を消した。
何だかんだで私に付き合ぅてくれる翔くんはやっぱり優しいと思う。
「何書いとんー?」
「山田さんには関係あらへん」
ノートから視線を上げずに私に冷たく返事をした。
教えてくれそうにないので私は横から覗き込む。
全然知らない単語が沢山散りばめられていて、何のことか全く分からなかった。
それにしても翔くん字綺麗過ぎとちゃうの。
「石垣 回転数30上げる…なんのこっちゃ」
「かいてんすう、やない。ケイデンスや」
「ふぅん…?」
他の単語も目で追ってみたがやはり分からなかった。
「お弁当食べへんの?」
「後でええ」
「折角、翔くんが黄色好きや言うから玉子焼き入れたのになぁ。うまく作れたのになぁ」
2つある玉子焼きを口に放り込み、もぐもぐと咀嚼する。
ふと私に影が差し、顔を上げる。
眼前に、端正な顔。
え?と溢れる筈だった言葉は声にならなかった。
「んっ…」
口内に捻じ込まれ、絡まる舌。
ちゅくちゅくと水音が耳に響く。
恥ずかしくて、ぎゅっと目を瞑った。
口が離れ、翔くんは眉間に皺を深く刻む。
「甘過ぎや。キミ味覚おかしいんとちゃうの」
私の口内から奪った玉子焼きを咀嚼する翔くんはいつものように嫌味を言った。
「な、ななななっ…!」
「ププ…顔真っ赤やで。キス如きでそんなんなるんやったら好きな人となんも出来へんよ」
嘲笑し、翔くんは再びノートに視線を落としてペンを走らせる。
人の気も知らんと…っ!
残りの玉子焼きを箸でつつき、食べるのを躊躇した。
先程の感覚が蘇り、耳まで真っ赤になる。
…柔ぁらかかったなぁ…。
私はごくりと生唾を飲み込み、耳を薄ら赤く染めた翔くんに気付かないまま、思い切って玉子焼きに齧り付いた。
私のファーストキスは甘い甘い玉子焼き味だった。
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